第4話 島の記憶、けものの記憶

イワンの後についていくと、だんだんと山に登り始めた。


「余計なことかもしれないけど」


エゾシカの言葉が気になった。


「エゾシカは『山には登るな』なんて言ってたけど?」


「それについても、上でお話しします。」


それからしばらく山を登った。何度か地質が変わった。

そして、山頂にたどり着く前にイワンは足を止めた。


「あなたなら、これが何か分かるでしょう?」


「これは!」


ふもとからは分からなかったが、この山の山頂部分を形作っていたのは火成岩の類ではなく、紛れもない人工物だった。


「モニターに、研究機材、パンクしたタイヤまで・・・。」


「私はここにあるものが何ものかは分かりませんが、これがすべての原因だとにらんでいます。元々、私の腕が黒くなる前はこんなものはありませんでした。」


原因かどうかは分からないが、いい話ではない。エゾシカはこれを知っていて・・・。


「気分が悪くなる話でしょう。終わりにしましょうか。」


「いや・・・」


ここでは退けない。知らなければならない。そうでなければ、彼女らを救えない。


「続けて、お願い。」


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調査報告6


この島は元々エゾシカをはじめとした固有種しか存在しない島だった。

我々人間すらも存在しない、言わば楽園だ。

だが、人間はこの島の純粋さに目をつけ、食い物にした。

初めは観光資源としてだったようだ。

だが、不法投棄、地形の改造、果ては人工噴火によるアニマルガールの大量「生産」・・・。

いつしかこの島も、動物たちも「道具」にされていた。

到底許されることではない。


セルリアン化の直接的な原因とはならないが、関係があるのは確かだ。


5月25日 22時59分

記録者 高田リセ No.1-230ABK

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「もう昔の話ですが、マングースたちが来るよりも少しだけ前の話です。1度、ここの瓦礫が雪崩のように崩れたことがありました。運の悪いことに、その時私たち・・・エゾシカたちも含めた全員がこの山から流れる川で遊んでいました。」


背を向けて、淡々とイワンが話を続ける。


「瓦礫に巻き込まれてしまったものもいました。それに、雪崩が収まったと思ったら今度はその瓦礫からセルリアンがあふれて来ました。」


淡々と話してはいるが、彼女の拳は固く握られている


「その時すみかにしていた洞窟へ向かいながら、1人、また1人とセルリアンに飲みこまれていきました。中には、全員で生き残るのは無理だと察してか、途中で残って引き付けると言ったものも。そうして最後に残ったのは・・・エゾシカ、彼女ただ1人です。」


イワンがこちらに向き直る。目の周りは赤く腫れていた。


「彼女は、その時の後悔を、1人生き残ってしまった責任を今も引きずっているんです!彼女を解放させてあげたいんです!また彼女と、みんなと笑って過ごしたい!たくさん遊びたいんです!」


普段は落ち着いているイワンが、涙で顔をぐしゃぐしゃにして訴えかけている。それを見ているだけで、いつの間にか彼女の震える肩を抱きしめていた。


「ありがとう。辛いことを話してくれて。」


空は赤から青紫へのグラデーションがきれいだった。


「落ち着いたら、顔を洗って帰りましょう、みんなお腹を空かせて待ってるわ。今日は私がご馳走してあげる。」


リセは、心の中で何かが引っ掛かっていたが、もはや気にならなかった。

そんなものはとてもちっぽけに思えてしまった。




研究所に向かう前に、仮設の研究所から食べ物や水を運んだ。レトルトの物しかなかったが、夕食はシチューにした。みんな、喜んで食べてくれた。

食べ終わると、イエネコ・・・エネが何やら正方形の板と容器に入った白と黒の石を持ってきた。


「リセさーん、勝負してー。」


「囲碁?分かるの?」


板にはマス目が書かれている。間違いなく囲碁だろう。


「五目並べ、って言うらしいです。イワン先生に教えてもらったんですよ。」


ニホンイタチ・・・いっちゃんが「私もやりたい」という眼差しを向けながら説明してくれた。


「五目並べね。いいわ、やりましょ?エネちゃんからね。」


エネも、いっちゃんも、アライさんも、エイまでも、なかなか筋のいい打ち方をしてきた。


「はい、これで8連勝!」


「リセさん強いよー。」


だが、負けるほどではない。ささっと2順した。


「これならきっとイワン先生にも勝てるのだ!」


「イワンはそんなに強いの?」


「まだ誰も勝ったことないんだー。」


そんな話をしていると、ちょうど片づけを済ませたイワンとマングースがきた。


「あ、イワン先生!リセさんと五目並べして!」


「エイ、もう遅いので明日にしましょう?」


「えー。」


「一回だけ、やりましょ?」


リセからもお願いする。きっとその方がみんなも早く寝る。

イワンもその意図を理解してくれたのか、渋々うなずく。


「・・・仕方ないですね。一回だけですよ。」


思いのほか対局は長引いた。というか、防戦一方だった。五目並べでここまで対処に追われることがあっただろうか。


「これで五個目、ですね。」


ついには攻めきられてしまった。白の石が5個並ぶ。


「強い、手が出せなかったわ。」


「でも、あなたもあと一歩でしたよ。」


そう言ってイワンは盤面を指差した。そこには間が一つ抜けた状態で黒の石が4つ並んでいた。守っていて、最後に指した手で偶然できたのだろう。


「それじゃあみんな、おやすみ。」


『おやすみなさーい』


イワンとともに寝床に向かうみんなを見送った。

そして、姿が見えなくなってから、イワンと挨拶を交わし、リセも研究所をあとにした。

















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