雨粒
講堂を出て美沙たちと教室に戻る途中、尾山君が私を呼び止めた。
美沙がいたずらっぽい目で私を見て、それから友人たちに声をかけて去って行った。
私はなぜかその廊下に深沢先生がいないか気になって周囲を見回した。
「何してんすか」
尾山君はいつもみたいに私をからかったけど、その言葉はなんだか、教室の隅に飾られたまま枯れた花みたいにかさついて退色していた。
尾山君は私の少し前を歩いて行く。
校舎裏から防砂林を抜けて、尾山君は浜辺に向かっているようだった。
これまで数え切れないほどこの場所を通り過ぎてきたけど、こんな天気の日に通ることはなかったからか、なんだか知らない場所に連れて行かれるようだった。
浜辺に着くと、一面灰色の空の下、風に吹かれている砂も色褪せて重くなったようだった。
ローファーに砂粒が入り込み、足の指の間にまとわりつくのを感じながら、私は尾山君と並んで歩いた。
「晴れなくて残念でしたね」
「まあ、いいよ、天気なんて」
「そっすね」
海は濁り、波はいつもより激しく白く渦巻き、廃ビル群は遠く霞んでいた。
「先輩と会えなくなるの、寂しいっす」
「何言ってんの」
「いや、マジっすよ」
風に巻き上げられた砂が喉の奥に入り込んだみたいでうまく笑えない。
「俺、先輩にどうしても言わなきゃならないこと、あって」
そう言って尾山君は立ち止まり、私の方を振り返った。
尾山君の眼が真っ直ぐ私を見ている。
背の高い彼から発される、避けようのないほどに直線的な視線を受けて、私はどうしていいか分からず、ただ身を固くして、潮風に弄ばれて乱れた髪を撫でていた。
「あの」
喉が渇いて言葉が出ない。
「俺、好きです。染矢先輩のこと」
私の喉がゴクリと鳴ったけど、その音は少し強くなり始めた潮風がかき消した。
尾山君の眼が濡れて光っている。
私の眼に涙が溜まるのが分かったけど、冷たい風で冷えたからか私の体は動かなかった。
涙がじわじわと溢れ、もうすぐ眼からこぼれ落ちそうだ。
尾山君は唇を噛んで、視線を弱めることなく私を射抜いている。
もう無理だ。
涙が溢れる。
そう思った瞬間。
頰が濡れた。
そして瞬く間に雨粒が肩に当たり手に当たり、たちまちぱらぱら音を立てて私と尾山君と砂浜を濡らし始めた。
尾山君が、最初の雨粒が当たった首筋を手のひらで拭った時、私をその場に固定し続けていた尾山君の視線が消えたのが分かった。
尾山君はもう一度私を見たけど、その視線はもう私をその場に留めておく力を持っていなかった。
私のセーラー服と尾山君の学生服が、強まり始めた雨で冷たく重くなっていくのが分かった。
私は踵を返し、砂浜を駆け出した。
尾山君が私の名前を呼ぶ声が風に紛れて聞こえた気がしたけど、灰色を濃くした砂に何度もつまづいたけど、私は振り返らず、足を止めなかった。
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