電話
次の日は試験終わりで学校も休みだったし、天気も良かったので浜辺に行ってママに電話することにした。
太陽に照らされた砂に少し埋もれるようにして立つ電話ボックス。
それがこの島で唯一の電話だった。
いや、私の知る限りはそれがこの島で唯一の、通信機器だった。
使い古したテレカを緑色の電話に差すと、かすれた液晶に赤く残数が表示される。
とりあえず、時間のことは気にせずにママと話せそうだった。
押し慣れた番号を手早くプッシュし、受話器を耳に当てる。
まるで海の底で鳴っているかのようなぼやけたコール音。
ガラスの向こうに誰もいない砂浜と、海と、空が、大袈裟なくらいくっきりと続いている。
「もしもし。千尋?」
「うん」
久々に聴くママの声は優しくて、私はなんだか急に泣きそうになった。
私はぎゅっと目を閉じて涙を引っ込めて、試験に合格できそうだということを簡単に伝えた。
「おめでとう」
「ねえ、まだ合格と決まったわけじゃないよ」
「いよいよ千尋の顔が見れるのね」
「うん」
離れて暮らすママとパパの顔を、私は知らない。
「千尋がこっちに来たら、お祝いしなきゃね」
「いいの」
「もちろんよ。パパがもう凄い張り切ってるから」
「楽しみにしとく」
ママの話は続く。ママはおしゃべりが好きだ。
私は、まるで小さな子に聴かせる歌みたいなママの声を、いつまでも聞いていたいと思った。
残り時間がわずかであることを知らせる電子音が鳴って、私は慌ててママにバイバイを言って電話を切った。
テレカを使い切ってしまったことを少し後悔したけど、すぐに、この電話を使うのはおそらくこれが最後だということに思い当たった。
ガラス戸を開くと、思い出したかのように潮の匂いと湿気を含んだ風が電話ボックスの中に流れ込む。
砂浜に降り立って海を見ると、電話ボックスから出た電線がずっと沖の方まで伸びているのが見えた。
等間隔の電柱は岸から離れるほど低くなり、電線はそのまま海の深い方へ向かって続いている。
その先にあるはずの街は太陽の光を反射する波の下に隠れて今は見えない。
そこがどんな世界なのか想像してみたけれど、教科書に描かれた曖昧な挿絵が、おぼろげに思い浮かんだだけだった。
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