後輩
図書室に入ってきた背の高い人影は、二年生の尾山君だった。
きょろきょろと室内を見回して、やがて尾山君は私を見つけた。
「千尋先輩」
私が読みかけの「モモ」を置いて歩み寄ると、彼はなんだか我慢できないみたいな感じで笑った。
「どしたの、こんなところで」
「いや、別に、先輩が図書室に行くのが見えたんで」
尾山君は書棚の陰にいる先生には気づいてないみたいだった。
「どうだったんすか、卒業試験」
「んー、まあ、ぼちぼち」
「なんか自信ありげっすね。さすが千尋先輩」
その、褒め方の下手さに私はなんだかむず痒い気持ちになった。
「先輩いなくなったら寂しくなるな」
「またまた」
「いや、マジっすよ」
そう言って尾山君は埃をかぶった書棚を見回す。
「来年は俺、図書委員になろうと思って」
「サボっても何も言われないから?」
「そうじゃないですって。先輩の図書室を、俺が守ろうと思って」
そう言って尾山君はまたさっきみたいに、漏れる笑いをこらえられない、って感じに笑う。
その笑いがなんだかじれったくて、なんだか見てはいけないもののようで、私は彼を見ないで済むように書棚に並んだ百科事典の背表紙を一冊一冊目で追って行った。
「千尋先輩、今日、2年生主催で卒業お祝いパーティーですからね。6時に食堂、忘れないできてくださいね」
「分かってるって」
「じゃあ、後で」
尾山君はそういうと図書室を出ていった。
結局何が言いたかったんだろ。
私はその後ろ姿が見えなくなるまでなんだかずっと居心地が悪いままだった。
「あいつ、全然俺に気づかなかったな」
声をかけられて心臓が縮んだ。
私も声をかけられるまで、先生の存在を忘れていた。
「……そうですね」
平静を装って先生の隣の席に戻る。
私もあいつと同じと思われたら、なんだか恥ずかしい。
「先生に気づかないなんて、あいつ、鈍いのかな」
「お前も人のこと、言えないだろ」
先生に気づかれたのかな、そう思って先生の表情を伺ったけど、先生は優しい笑みを浮かべるだけで、やがて再び答案用紙に向かって採点を始めた。
私は「モモ」の続きに目を落としたけど、答案の上を走るペンの音がやけに大きく聞こえて、本の続きを読んでいるふりをしながら、ペンを握る先生の細い指をずっと見つめていた。
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