第3話 星宮桜乃②

 柔らかな夕日が校舎を照らす。

 桜乃は校舎を背に一人、校門へと向かっていた。


 練習は順調の滑り出しなのに全然身が入らない。

少し前なら主役に選ばれたことを嬉しく思えたのに、

今は嬉しいよりも不安な気持ちのほうがまさってる。

もちろん演じる上で、そういう感情になることもあるのだろうが、

私のそれはもっと別のもので他の人がどうこう出来る問題でもない。

それを誰にもばれないように演じ続けようとするだけでも大変なのに、

楓先生が主役を私にしてしまったから。


 しかも演目が・・・

 『私は誓う。死ぬまで君を愛すると—― 』


 内容自体はこうだ。


—―ずっと好きだった片思いの男の子に、

ヒロインの女の子が告白しようとするが男の子が事故で余命宣告を

受けてしまう。

女の子はショックになるが、それでも懸命に生きる男の子に

心を打たれ再度告白を決意する。

二人は結ばれ男の子は奇跡的に余命を乗り越えるという話。



 これだけ聞けばどこにでもありそうな、

純情恋愛ものなのだが、彼女は今の自分には向いてないなと

深いため息をつきながら校門の外へと出る。


 「そんな溜め息ついてたら幸せ逃げるよ? 」

 「へっ?? 」


 不意に声をかけられ横を見やると門に寄りかかりながら見覚えのある男子が

 私の方を見て話かけていた。

 私の幼馴染である天川空あまかわそら

 元々、家が隣同士で尚且つ

 幼稚園からの付き合いでぞくにいう腐れ縁というやつかもしれない。

 高校に入り私は演劇部に入ったが、

彼は図書委員に入り、こうして帰る時間が重なるのは

珍しいと思った。

校門の外で私を待っていてくれたのだろうか、

それにしても・・・


 「私の溜め息そこまで聞こえてた? 」

 「うん、バッチリ聞こえてた。」

 「で何で校門の前にいたわけ? 」

 「たまには一緒に帰ろうと思ってさ。」

 「まさか、ずっと待ってたわけ? 」

 「それはない。文化祭準備期間中は大体この時間帯に帰るからな。後ろ見たら桜乃が来てるのに気づいて校門に寄りかかっていたってわけ。」  

 「高校生にもなって一緒に帰りたいって子供なの? 」

 「なっ!? せっかく人が心配してやろうと思ったのに! 」

 「へぇ心配してくれるんだー。」

 「知らん。忘れた。」

 「フフッ。嘘、一緒に帰ってあげる。」


 二人は校門をでて、帰路へと向かっていた。

家までは歩いて30分と言ったところだろう。

桜乃と空は他愛もない話をしながら帰っていた。


 正直、空が一緒に帰ってくれて助かった。

同じ部員だったら何を話したらいいか分からないし、

その点、昔から知ってるコイツだったら変な気を遣わなくても済む。


 「で?何をそんな溜め息ついてたんだ?」

 「劇の演目。主役やることになったんだけど・・・」

 「嘘!凄いじゃん!! おめで—― 」

 「最後まで話聞いてってば。私この役降りようと思ってて。」

 「何で!? せっかく決まったんじゃないか!ちなみにどんな役なの? 」

 「余命宣告を受けた男の子に告白するヒロイン。」

 「ごめん、話が見えない。」

 「ハァ。じゃあ演目から説明してあげるわよ。」


 それから桜乃は空に劇の内容、自分がどんな役でどんな劇を演じるかなど、

 事細かに説明して見せた。


 「なるほど。そういう役ねぇ。」


 空は横並びに歩いてた彼女の顔を静かに見た。


 「な、何よ。」

 「いやだって桜乃、恋愛経験とかあるの? 」

 「私だってそれくらいあるわよ! 」

 「へぇ、意外だな。演劇以外興味ありませんって感じだと思ってた。」


 「誰のせいで、私が演劇やってると思ってるのよ。」

 

 隣を歩く彼に聞こえないように小さくボソッと呟いた。


 「え? 今何か言った?? 」

 「何でもないったら! 」

 「で、どうして役を降りたいんだ?? 」

 「今の私には向いてないと思うし、それに私なんかより向いてる人が

 沢山いるかなって。ハハハ」


 笑ってごまかしたつもりだったが、乾いた声しか出てこなかった。

 それを聞いてか、空は急に真面目な顔で桜乃に言った。


 「それは違うよ。桜乃が頑張ってきたのは部の皆だって知ってるし先生も分かっ   てるから桜乃を主役にさせたんじゃないか。でなければ今頃別の部員がとっくに  主役をやってるよ。桜乃は誰よりも努力する人だって、彼女だったら任せてもいい  って思えたから皆、桜乃を推したんじゃないのかな。

 だから向いてないなんて言うなよ。」


 「・・・何も知らないくせに。」


 「また小声で何か言ったか?」

 「何でもない! てかもう着いたから、またね! 」


 会話してると時間が過ぎるのがあっという間に感じる。

 気が付くと二人は家のすぐそばまで着いていた。


「あまり無理はするなよ! 」

「空に言われなくたって分かってるよーだ! 」


 彼女は駆け足で自分の家へと帰って言った。

 それを確認してから彼もまた家の中へと入って行った。


 その夜—―

 

 彼女は机に伏せるように座っていた。

 

 まさか空があんなこと言うなんて。

 確かにこのまま中途半端な終わりかたしたんじゃ、それこそ他の

 皆に申し訳ないか。

 全く、こっちの気持ちには全然鈍感なくせにそういうところだけは、

 変に鋭いんだから。

 とりあえず考えるのは明日にして、もう寝よう。


  ――同時刻—―

 

 天川空は、

 自身のベッドで仰向けになりながら考え事をしていた。

 

 ・・・さっきは言い過ぎたかな。

 桜乃は桜乃で考えがあるんだよなきっと。

 あいつは昔からそうだ。

 何かあっても人に話さないで自分で解決しようとする、

 それが裏目に出て怒られることもしばしばあったっけ。


 何故そんなに自分で解決しようとするのか聞いたことがある。


 『私のせいで誰かの時間が無くなるのが申し訳ないから。』


 確かそんなことを言っていた。

 ・・・明日、一応謝っておくか。


 考えがまとまって彼は部屋の照明を消し眠りについた。


 


 

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