第2話 星宮桜乃という少女

 季節は八月、文化祭の準備に精をだす生徒で学校は通常より

賑やかになっていた。

 文化祭まで二か月と迫っている中、

星宮桜乃ほしみやさくのは、演劇部の顧問である

松原楓なつばらかえでに呼ばれていたため、

部員が集まるよりも少し早く、部室へとやってきていた。


 部室と言っても教室一個分の広さはある。

彼女が来たすぐ後でその顧問は入ってきた。


 「ごめんね! ちょっと用事で遅れて! 」

 「いえ、私も今来たところなので大丈夫ですよ。」


 松原楓は慌てた様子で桜乃のいる部室へとやってきた。

まだ部活開始まで時間はあるというのに相当急いできたのだろう、

息が絶え絶えになりながら少しスーツがクシャっとなってる。

 桜乃は自分のクラスのことで遅れたのだろうと

思っていたから別段慌てることは無かったが、慌てる彼女は

少し可愛かった。

呼吸を落ち着かせて彼女は本題に入る。

  

 「えっ? 」


 彼女は少し驚いた、先生の一言に予想もしてなかったのだから。


 「次の主役を私がですか?」

 「そう。星宮さんしか出来ないと思うの」

 「ほかの皆が納得しないんじゃ・・・」

 「私が皆に話を通しておいたわ。」

 「でも、私・・・」

 「大丈夫。初めての主役で緊張するのは分かるけど、

  その分他の皆もサポートするから! 」


違うんです先生。そういうことじゃなくて、私には時間が—―


「あのっ、先生!」


――ガラガラガラ


「あ、皆来たみたいだし練習さっそく始めよ?」

 

 先生に主役を降りることを相談しようとしたがタイミング悪く

 演劇部の子達が入ってきた。


 先生ってたまに強引なところがあるからな。

 主役をもらえたのは嬉しい。

 それは普通は喜ぶべきことなのだろう。

 だけど今の私にその資格はあるのだろうか。

 そんな自問を繰り返しながら、最初の練習は始まった。


 驚くほど順調で周りの生徒達のフォローもありながらも

練習初日とは思えないくらい役作りがいい形にはまっていった。

 こうして下校時間までひたすら反復練習を繰り返し帰るころには

セリフも、ほとんど頭の中に入っていた。


 練習が終わると同時に放課後のチャイムが校内に響き渡る。


 「じゃあ皆は気を付けて帰ってね。」


 部室を出る最後の部員に挨拶を告げ

 彼女は仕事へと戻っていく。

 先程まで賑わいを見せていた校内も今は静寂が包み込み、

 職員室へ向かう楓の足音だけが辺りに響いていた。




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