第5話 国際合同演習「コープ・ノース・グアム」#5
幡谷とピーコングの二機のF-2は旋回してB-52Hの方に機首を向けたあと、B-52Hが飛行している高度よりも少し低い位置まで上昇した。通常、空中戦では後ろや上を取った方が有利になるが、奇襲の場合は下を取るのが定石だ。最近の戦闘機のコクピットは昔に比べれば大分視界は広くなっているが、それでも座席がある真下を肉眼でみることはできない。さらにF-2の青い塗装は海に溶け込む強みもあった。
「レーダーは使うなよ。目視だけでF-22を見つけるんだ」
『了解! やっぱり受け身は性に合わないわね。こちらから仕掛ける方がわくわくするわ』
「ああ、やつらの横っ面を殴ってやろう」
二機の青いF-2はグアムの海を背にしながらB-52Hの後を追った。しばらくして、空の一角にB-52Hの黒い巨体が小さな黒い棒状の物体が現れた。B-52Hはブルーフィングで定められた通りのコースを飛行しており、レーダーを切った状態の幡谷たちでも問題なく見つけることができた。
『フラッグ、アキタ・ワンの後方六マイル(約十キロメートル)に敵機一を視認、さらにその後方に二マイル(約三キロメートル)にもう一機! まだこっちには気づいていない。ふふ、もう仕掛けてもいい?』
「落ち着け。もう少しだ」
嬉しさを抑えきれないらしいピーコングの興奮が無線を通して伝わってくる。彼女自身が言う通り、ピーコングの本質は狩人なのだろう。獲物を前にして、血がたぎっているらしい。そのすぐに熱くなる性格が災いして、編隊内での実力はトップなのに地位は一番低いのも彼女らしかった。
鎖を噛みちぎって今にも飛び出しそうなピーコングを反面教師に、幡谷は努めて冷静に状況を把握しようとした。前方一時の方向にB-52Hがおり、その後方、幡谷たちから見て前方の十時の方向にF-22らしい機影が二つ。F-22は攻撃のためレーダーの索敵範囲を狭めているのか、あるいはF-2の青い洋上迷彩のおかげか、幡谷たちにまだに気がついていないようだった。F-22のサイドワインダーがB-52Hを確実に落とせる距離まであとわずか。ブリーフィング通りならJ-20を模したF-22の搭載しているミサイルはSRMが三発前後のはずだった。長射程のMRMはない。一方でこちらはMRMもSRMも全弾残っている。接近すれば確実にF-22に発見されるが、射程の関係で先に攻撃できるのは幡谷たちだ。
「よし、手前をバンデッド・ワン、後ろをバンデッド・ツーとする。まずバンデッド・ワンに攻撃を仕掛ける。まず目測でMRMを二発、俺がバンデッド・ワンを、ピーコングはバンデット・ツーに。その後アフターバーナーで一気に接近、バンデッド・ワンに対してピーコングはMRMで、俺はSRMで交戦する」
『了解! 最初のミサイルは牽制ね。豪華な使い方だこと』
短射程のSRMである04式空対空誘導弾と中射程のMRMである99式空対空誘導弾(B)はそれぞれ誘導方式が異なる。99式はミサイル自体に搭載されたレーダーで自律的に目標を見つけ誘導するが、04式は敵機の赤外線とカメラ画像を使って誘導する。共にミサイル本体に誘導装置が搭載されているので、ロックオンしない状態でも発射することはできる。指定されたポイントに飛んだミサイルが、敵機に近づき自身のセンサーで敵を捉えられれば誘導してくれるが、失敗すればただのロケット弾になってしまう。それでも敵機のレーダー警戒装置は鳴らせるので、敵に回避行動を強要することはできる。幡谷は最初に発射する四発のMRMを牽制に使おうとしてる。一発六千五百万円、四発で二億六千万円だ。
「ピーコング、レーダーを起動させMRMをバンデット・ツーに発射しろ。俺はワンをやる」
『了解、火器管制レーダー起動』
幡谷も直ぐにレーダーを起動させ、スロットル・のグリップのスイッチをMRMモードに切り替える。HUD(ヘッドアップディスプレイ)に大きな丸い照準が表示される。この円の中に敵機を入れてスイッチを押せば、ロックオンしなくてもミサイルは敵機の方へ飛んでいく。もちろん、ロックオンした方が命中率は飛躍的に上がる。幡谷は先頭を飛ぶF-22をロックオンしようとしたが機体のレーダーもミサイルのレーダーもまともに敵機を捉えることができない。
『目標、捕捉できない……まあ、そうだわね」
「こっちもだ。目視で構わない」
『はいはい、カナーン・フォー、フォックス・スリー!』
「カナーン・ツー、フォックス・スリー」
二機のF-2から合計四発のMRMがF-22に向けて発射された。攻撃に気がついたF-22が回避行動をとる。これでB-52Hが逃げる時間がもう少し稼げた。
「ピーコング、一気に加速するぞ!」
『了解』
二機のF-2はアフターバーナーを使い、急加速と急上昇を行いF-22との距離を詰めた。アフターバーナーを使うと速度は一気に上がるが、大きな熱量を出すため敵に発見されやすくなる。しかし、既にMRMを使い切っているF-22を相手に恐れる必要はなかった。
幡谷とピーコングの二機は急上昇しながらバンデッド・ワンとした手前のF-22をロックオンしようとした。流石に十マイル(約一六キロメートル)を切っているのでレーダーに反応はあったが、F-22はまるでドジョウのようにぬるぬるとレーダー波を反射させロックオンまではさせない。
『くそっ、この距離でもロックできない! ずるいわ』
「かまうな、撃て」
『カナーン・フォー、フォックス・スリー』
ピーコングのF-2からMRM、99式空対空誘導弾(B)が発射された。目視で発射されたミサイルはすぐに搭載しているレーダーで最も近い敵機を探し出し、そこに向かって突入を試みる。
F-22一機、幡谷たちがバンデッド・ワンとした機体のパイロットはイラついていた。搭載している短距離空対空ミサイルAIM-9Mの誘導装置でB-52Hをロックオンし、発射しようとした瞬間に自衛隊の生き残りが攻撃をしかけてきたのだ。まず自機と僚機に対してMRMが二発ずつ撃たれた。F-22によるとミサイル接近警報は出ているがロックオンはされていない。しかし回避をしないわけにもいかず、F-22のパイロットはB-52Hへの攻撃を改め、接近してくるミサイルを回避すべく、ミサイルに対して垂直になるような方向に急降下した。
『ミサイル接近、ミサイル接近』
ヘルメットのスピーカーを通して無機質な警告音が響く。パイロットが目だけを動かしてディスプレイを確認すると自分を追ってくる三発のミサイルが確認できた。F-22のコンピューターがミサイルの位置と種類を判断し、自動的にECMを作動させ、さらにチャフの発射準備を整える。もともとロックオンできていなかったこともあり、最初の二発は急降下したF-22に追従できずなかったが、別の一機が接近してから発射したMRMはかろうじてF-22を追尾できていた。しかし、F-22のパイロットは急降下から急旋回に回避機動を切り替えチャフをばら撒いたため、たため、そのミサイルも命中することはなかった。だが、それが幡谷たちの狙いだった。F-22のパイロットはミサイルが飛んできた方向と逆に回避機動を行なったため、幡谷たちに後ろを見せることになった。F-22のエンジン排気口は推力偏向装置もあり普通の戦闘機よりも赤外線を捉えにくく作ってある。しかし、回避のため最大出力となったエンジンからは大量の熱が放射されて、幡谷のF-2が搭載している04式空対空誘導弾の誘導装置はその高熱をはっきりと捉えた。
後ろを見せて降下するF-22を追いながら、幡谷はモードをSRMに切り替え、F-2のHUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)に表示されたSRM用の円にF-22の真っ赤なエンジン排気口を捉えた。ミサイルのシーカーが目標を捉え、唸るような電子音が響いた。自衛隊機が初めてまともにF-22をロックオンできた瞬間だった。
「カナーン・ツー、フォックス・ツー!」
幡谷は逃げるF-22のエンジンに向かってミサイルを発射した。F-22のパイロットはピーコングのミサイルに対応するために急旋回をしており、レーダー警戒装置が赤外線ミサイルの接近を告げてもフレアを撒くのが精一杯だった。F-22の機体から照明弾のように赤々と輝く火の玉がいくつも飛び散る。フレアは高熱を発生させる囮で、赤外線誘導ミサイルにエンジンと誤認させ誘導をそらせる効果がある。しかし、この時のフレアはその役割を果たせなかった。幡谷は十分に近づき、しっかりとF-22のエンジンをロックオンしていたし、04式空対空誘導弾は搭載したカメラの映像からフレアとF-22をしっかりと区別していたのだ。レーダー上で幡谷の放ったSRMがF-22に近づき、そして二つの反応が重なる。
『ローシェン・ワン・キル』
上空のE-3のオペレーターが事務的に、だが少しの驚愕を込めてF-22の撃墜判定を下した。次の瞬間、レーダー上でぼやけていたF-22のうち一機の反応が消える。バンデット・ワンはローシェン編隊の隊長機であるローシェン・ワンだったようだ。残りは僚機であるローシェン・ツーだけだ。
(ラプターをやった!)
幡谷は興奮で叫び出しそうになったが、必死に喉元で抑えた。まだもう一機のF-22がいる。勝鬨を上げるのは敵を全て排除してからだ。
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