第4話 国際合同演習「コープ・ノース・グアム」#4

 幡谷はF-2のバブル型キャノピーを通して空に目を凝らした。周囲は雲一つないスカイブルー。F-22の空に溶け込むよう迷彩によって目視で見つけることは容易ではない。だが幡谷の予想ではF-22は前方の左側から真っすぐB-52Hに向かってくるはずだ。ボンゴもそれを考えた上でコースを設定している。F-22とF-2の速度を考えれば、そろそろ敵の先制攻撃かあるいは敵機そのものが見えてもいいころだった。

 ステルス機相手にレーダーは頼りにならない。幡谷は必死に目を動かした。それは高難易度の間違い探しに似ている。空のどこかに違和感のある場所がる。そこをじっと見つめると大抵の場合つまようじの先ほどの黒い影がいるのだ。

 幡谷の目が機体の左前方を横切った時、ついに小さな違和感を覚えた。まだ何も見えない。だがその辺りの空間がふわっとしているように感じられた。幡谷は迷わず無線のスイッチを入れる。


 「こちらフラッグ、ボギーを発見。十時の方向! 距離は……」


 幡谷は素早くレーダーを広域モードから狭域モードに切り替え、レーダー照射を受けた空域を重点的に捜索した。すると、おぼろげながら敵機の反応を捉えた。


 「距離は十六マイル(約二十六キロメートル) 近い!」

 『こちらも探知した、敵機のローシェン・ワンだ』


 十時の方向、つまりカナーン編隊の左前方に敵機がいる。見つけたのはまだ一機だけ。もう一機はまだどこかで息を殺しているのか、あるいはとうの昔にB-52Hを攻撃するために幡谷たちを追い越しているのかもしれない。


 『俺とフラッグでローシェン・ワンをやる。スリードッグス隊は俺たちの支援と残りの一機を探せ』


 編隊が分離する直前、突然、幡谷のコクピットでロックオンを告げる警戒が鳴り響いた。F-22が今まで使っていなかったレーダーを作動させ、幡谷達をロックオンしたのだ。


 「こちらフラッグ、ロックされました」

 『こちらボンゴ、こちらも敵にロックされた。距離一五マイル(約二十キロメートル)!』

 『スリードッグスだ。俺たちもロックされている』


 幡谷達をロックオンしたのは先ほど発見されたローシェン・ワン。F-22は同時に多数の目標をロックオンすることができる。最新鋭の戦闘機にとって四機を同時に攻撃することなど造作もないことだった。


 『アムラームが来るぞ、ECM作動、全機、右旋回で回避だ!』


 幡谷はECM(電子対抗手段)を機動させるた。妨害電波を出すことで、ミサイルのレーダーを狂わせ狙いを外すことができるはずだが、こればかりは避けるまで結果はわからない。

 今回は演習なので本物のミサイルは飛んでこないが、上空で監視をしているE-3のシミュレーターが気象条件や幡谷たちの回避機動を計算して命中判定を行う。これが実戦なら、白い煙を吐くミサイルを目視できるのだが、今回のミサイルはただのシミュレーションなので全く見えない。

 幡谷が編隊長の指示通り右旋回でミサイルを回避しようと操縦桿に力を入れようとした時、ふと右上に何か、さきほどと同じようなもやもやを感じたのだ。


 (もう一機のF-22? 反対側にいる? そうか!)


 「ミサイルは一時の方向から来ます。回避は左旋回で!」

 『おい、勝手な行動を、ミサイルは右から来るんだぞ!?』 「左です。とにかく左に回避を」


 幡谷は思いっきり叫ぶと、編隊長のボンゴの返信を待たずに思いっきり操縦桿を左に倒した。ボンゴとスリードッグスは右に、幡谷と、一瞬遅れてピーコングも左側に旋回を始める。

 F-2の操縦桿はフライ・バイ・ワイヤと呼ばれる電子制御型なので、実際には操縦桿は数ミリ程度しか動かない。しかし幡谷の強い力を感じたF-2は期待通りに左に向かって急旋回を始めた。

 全身に強力なGがかかる。幡谷の体重の実に七倍、約五百キロにも及ぶ重さに全身が押し付けられ、血液が頭から下半身に押し出されていく。すかさず、機体から空気が送り込まれ、幡谷の装着する耐Gスーツが膨らんで下半身を圧迫、血液を脳に戻した。旋回によるGと耐Gスーツ、二つの圧迫を受けた幡谷の体は重力に押しつぶされそうになる。痛いし、苦しいし、息もできない。しかしミサイル警戒が消えるまで旋回をやめるわけにはいかなかった。もしGに耐えられなくなって操縦を緩めたら、それがパイロットと機体の最後の瞬間になる。


 『ちょっとフラッグ、どこにいくのよ』


 四番機のピーコングが、一瞬遅れて、左旋回を開始した。


 『ミサイル接近、ミサイル接近』


 後方警戒装置がミサイルの接近を告げる。同時に、右側に旋回したボンゴたちの悪態が聞こえてきた。


 『右からだと!?』

 『くそっ、間に合わな、』

 『カナーン・ワン、ロスト。カナーン・スリー・ロスト』


 ボンゴとスリードッグスの声が突然途切れ、無線から審判役のE-3のオペレーターの淡々とした声がした。ボンゴの一番機とスリードッグスの三番機が落とされたのだ。一瞬でカナーン編隊は編隊長と副編隊長の両方を失った。撃墜判定を受けた機体は急いで空域から離脱することになっており、緊急時以外は「生存者」と通信することは禁じられていた。そもそも、未だにミサイルに追われ、全力でミサイルからの回避運動を行なっている幡谷とピーコングに他の僚機の心配をしている余裕はなかった。

 幡谷は頭の中でミサイルが自機に命中するタイミングをカウントする。


 「いまだ!」


 旋回を続けながら、チャフをばら撒いた。チャフは戦闘機が持っているミサイルへの防御手段の一つで、電波を撹乱させることでミサイルのレーダーを惑わせる効果がある。もし撃墜判定を受けなければ、ECMか回避機動か、あるいはチャフのどれかが効果を発揮したことになるのだが、それが分かるには生き延びた後だけだ。


 (頼むぞ!)

 

 幡谷は心の中でカウントダウンをした。


 (三、二、一)


 ミサイルが命中するタイミングになっても撃墜判定はされない。そしてロックオン警戒も止まる。一瞬だけ視線を多目的ディスプレイ上のレーダーに戻すと、ピーコングの機体の反応も残っていた。二機は第一波の攻撃を生き残ったのだ。幡谷は後ろを振り向き敵が追撃してこないことを確認すると、回避機動を中断し機体を水平に戻した。


 「こちらカナーン・ツー、フラッグだ。カナーン編隊は俺が引き継ぐ。カナーン・フォー、俺に続け」

 『カナーン・フォー、ピーコング了解っ、て、どこに行くの?』

 「黙って俺について来い。一度この空域から離脱する』

 『離脱!? 正気なのフラッグ。逃げるつもり?』

 「俺にラプターをヤル策がある。捕まる前に逃げるぞ」


 事前のブリーフィングで決められた通り、幡谷がカナーン編隊の指揮を引き継いだ。幡谷は反転せず、全力でその空域からの離脱し、ピーコングのF-2もそれに続いた。二機のF-22の現在位置は不明だったが、レーダー警戒のアラームが鳴らないことからこちらを見失ったのか、レーダーを消したのか、あるいは追ってきていないのかはかはわからない。

 幡谷は爆撃機から遠ざかるように進路を取ってだが、真っすぐに飛行した。進む方向は前だが、幡谷は首を後ろに回して追ってくる可能性のあるF-22の姿を差がさがした。だがしばらく飛行を続けてみても攻撃される気配はない。幡谷達は離脱に成功したのだ。

 ひと段落ついたころ、ピーコングが話しかけてきた。


 『フラッグ、どうしてミサイルが右から来るってわかったの』

 「十時の方向に現れたラプターは囮だ」

 『囮? くそっ、そういうことか。あのXXXどもが』


 ピーコングがピンクゴリラの名前に恥じないワイルドな言葉で敵を罵った。マスコミに見せるわけにはいかない一面だ。


 「そうだ。正面に現れたローシェン・ワンはレーダーで情報と俺たちの注意を集めただけ。ミサイルを発射したのはデータリンクでターゲット情報を受け取ったローシェン・ツーのラプターだ」


 F-22のデータリンクは強力な装備だ。F-2やF-15Jのデータリンクは単に敵機の位置を仲間に知らせるくらいしかできないが、F-22の場合はF-22がレーダーで捉えた目標に対して、他のF-22がミサイルを発射することができる。飛行機はレーダーを使えば敵を補足できるが、それは自分の位置も敵に晒すことになる。今回、敵はあえて一機に注目を集めることで、幡谷達の想定外の位置から中距離空対空ミサイルを撃ってきた。F-22が装備するMRM(中距離空対空ミサイル)、AIM-120Cアムラームは二十キロ以内の距離で撃てば命中率を飛躍的にあげることができる。今回の敵はさらに保険にフェイントまでかけてきたのだ。ボンゴとスリードッグスは左からミサイルが来ると思い右に回避行動を取ったが、実際には自分からミサイルに向かっていきあっさりと撃墜されてしまったわけだ。


 『それにしてもなぜ離脱を? 反転して反撃しないとB-52が落とされるわよ』

 「まともに向かい合ってもラプターを捉えられない。離脱したと見せかけて奇襲をしかける」


 先ほどの交戦中、ローシェン編隊の二機はカナーン編隊の前方二十マイル(約三十二キロメートル)の距離にいた。F-2Aのレーダーは最大で約六十マイル(約九十七キロメートル)を捜索できるにもかかわらず、二十五マイル以下の距離でもぼんやりとしかとらえることができず、ロックオンもできなかった。F-2でF-22と正面からまともに戦っても勝ち目はない。ロックオンがミサイルも発射できない。


 『奇襲ってどうやって?』

 「爆撃機を囮にする」

 『本気? 一応護衛対象よ』

 「それしか方法はない。ボクサー編隊に四発、俺たちに四発、これで敵はすべてのMRM(中距離空対空ミサイル)を使い切った。ラプターが爆撃機をやるには接近してSRM(近距離空対空ミサイル)を撃つか、機関砲を使わなくちゃいけない。そこに俺たちの付け入る隙がある」

 『B-52のケツを狙うラプターのケツを狙いにいくわけね。下品だけど悪くないプラン。あたしらのぶっといのをぶち込んでやりましょう!』


 近付きさえすれば、例えば六マイル(約十キロメートル)の距離ならばF-2のレーダーでもF-22をロックオンできるはずだ。問題はどうやって近づくか。

 なら、背後から奇襲をしかけるしかない。

 F-22が装備している短距離空対空ミサイルはAIM-9Mサイドワインダーで射程は十マイル(約十六キロメートル)ほど。赤外線誘導ミサイルで、敵機のエンジンなどの熱を頼りに誘導を行う。B-52Hは大型だが、その分様強力な電子や赤外線対抗手段やチャフやフレアなどの防御手段を持っている。確実に命中させるには最大射程の四分の一ほどの距離まで接近する必要があった。つまりF-22がB-52Hを落とすためにはその真後ろの四キロの位置につきミサイルを発射する必要があった。レーダーに映らずとも、その位置を予測できれば勝機はあった。

 F-2の搭載しているミサイルは二種類。短射程の04式空対空誘導弾と四発と中射程の99式空対空誘導弾(B)を四発。幡谷とピーコングの二機はまだ一発もミサイルを撃っていないので、合計で十六発が使える。

 幡谷はF-22の予測位置とレーダー上に映っているB-52Hの位置、そして自分たちの位置を頭の中で計算する。今方向転換すれば、ちょうどF-22がB-52Hの射撃位置についた頃に横からちょっかいをかけられる計算だ。


 「ピーコング、方位○九○に反転、その後二万五千フィートまで上昇してF-22の真横に食いつくぞ」

 『了解』

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