第3話 国際合同演習「コープ・ノース・グアム」#3

 幡谷はF-22に瞬殺されなかったことに安堵し、多目的ディスプレイのレーダーで二機の位置を確認した。F-15JやF-2には後ろから飛んでくるミサイルを探知するための後方警戒レーダーが搭載されている。捜索できる範囲はそれほど長くない。二機は機影はまだレーダーに映っていた。距離は五マイル(約八キロメートル)ほどで、どんどんと後ろに遠ざかっている。


 『カナーン編隊各機、敵はMRM(中距離空対空ミサイル)の射程まで下がるつもりらしい。各自、対抗手段を用意しておけ』

 

 ボンゴの指示を受けた幡谷は、MRM対策のECM(電子対抗手段)とチャフを使う心構えをしながらレーダー上のF-22を見ていた。もし敵がミサイルを発射すれば、その情報が画面に表示されるはずだった。しかし、ミサイルが発射される代わりに、二機の反応が突然消えた。


 『ローシェン・ワン、ローシェン・ツー共にレーダーロスト。敵さん、リフレクターを外したらしいぞ』


 ボクサー・ワンの尾田二佐が無線越しに叫んだ。リフレクターを飛行中に外せるとは聞いていなかったが、考えてみればそれくらいできて当然だろう。これでF-22は本来の見えない戦闘に戻った。まだF-15JやF-2の後方警戒レーダーの捜索範囲にいるはずだが反応はない。


 『ボクサー・ワンよりアキタ・ワン、ボクサー編隊はローシェン編隊の阻止に向かう。カナーン編隊、アキタ・ワンの護衛を頼む』

 『アキタ・ワン、了解』

 『カナーン編隊も了解した』

 『よっしゃあ』

 『ついに来るか』

 『やってやる!』


 無線を通してボクサー編隊の各機から威勢のいい言葉が聞こえてくる。この演習に参加している航空自衛隊員の中でF-22と戦ったことのある者はいなかったが、怖気付いているものはいなかった。むしろ誰もが初めて戦う強敵に興奮していた。


 『ボンゴ、悪いな。俺たちで片づけてくる。デカブツの護衛を頼んだぞ』

 『了解。自衛隊の実力を見せつけてくれよ』


 編隊の左側にいた四機のF-15Jが次々と編隊をから離れ、F-22が消えた方向へ反転していった。F-2のコクピットにつけられたバックミラーを見ると、アフターバーナーを焚いて急行するF-15Jのエンジンの炎がどんどん小さくなり、やがて青い空に溶け込んでいった。


 『こちらカナーン・ワン、カナーン編隊各機は引き続きアキタ・ワンの護衛に回る。スリードッグスのエレメント(二機編隊)はアキタの左側に』

 『カナーン・スリー、スリードッグス、了解』

 『カナーン・フォー、ピーコング、了解』


 さきほどまでF-15Jがいた位置に、スリードッグとピーコングの二機のF-2がつく。幡谷のF-2は編隊長機と共に右側のままだ。

 レーダーを確認すると、ボクサー編隊はウェッジと呼ばれる隊形を組んでいた。攻撃力を重視した隊形で、編隊長機の左後方に二番機が、編隊長機からやや距離を置いた後方に副編隊長機である三番機がつき、その左後方に四番機が位置している。名前の通り楔のような隊形だ。


 『キャロット、やる気まんまんですね。でも敵が映りません。F-15はレーダー出力を最大にしているはずなのに』


 無線からスリードッグスの声がした。「キャロット」は尾田二佐のタックネームだ。人参嫌いが由来になっているらしい。

 『本当にステルスで見えないのか、あるいはボクサー編隊を素通りしてこっちに向かっているのかもしれん。全機、警戒を怠るなよ』

 『ピーコング、了解!』

 「フラッグも了解。できればキャロットたちにやられる前にこっちに来て欲しいものです」


 その時、レーダー画面上でボクサー編隊が動いた。四機が一斉に右に急旋回を始める。ミサイルを回避する動きだ。しかしレーダーには敵機もミサイルも映っていない。


 『攻撃を受けているの? でもレーダーには何も』

 『見ろ、ボクサー編隊の目の前にミサイルが!』


 今まで何もなかった位置に、突然ミサイルの表示が四つ現れた。ミサイルの表示はAIM-120Cとある。AMRAAM(アムラーム)と呼ばれる百キロ近い射程を持つMRM(中距離空対空ミサイル)だ。ボクサー編隊とミサイルの距離は二十マイル(三十二キロメートル)以下。もし、このミサイルが百キロ先で発射されたものならば、ボクサー編隊は余裕をもって回避できただろう。ミサイルは有人機には不可能な超機動を行うことができるのだが、燃料がなくなればあとは慣性でまっすぐ飛ぶしかできなくなる。しかし、マッハ四(時速約五千キロメートル)の速度で飛翔するミサイルが二十マイル先のボクサー編隊に到着するまでに必要な時間はわずか二十秒。ミサイルは燃料をたっぷり残っている。

 

 『ボクサー編隊、ECMを作動!』


 レーダー上のボクサー編隊の表示がぼんやりと歪む。ミサイルの誘導をそらすための妨害電波を発したのだ。しかし四つのミサイルは迷うことなくボクサー編隊に近づき、やがて重なった。


 『ボクサー・ワン、ロスト。ボクサー・スリー、ロスト』

 

 上空で戦況を監視しているE-3の搭乗員が無機質な声で告げると、レーダー上の輝点が二つ消滅した。審判に撃墜判定を受けたのだ。


 『……つづいて、ボクサー・ツー、ロスト』


 また一つ、輝点が消えた。


 『まじかよ……』


 スリードッグが驚愕の声を上げる。


 『ボクサー・フォーはあの”コント”です。きっとこれから反撃を』


 何かを期待するようにピーコングがいった。

 ボクサー―・フォーのコールサインを持つ“コント”こと永森一尉はF-15Jの飛行隊でもかなりの腕利きだった。とあるお笑い芸人に似ているからと”コント”というタックネームを付けられた永森は模擬空対空戦闘でアグレッサー部隊相手に五連勝した強者だ。幡谷とピーコング、それにコントは同じ年に戦闘機パイロットになった同期生だった。


 「ああ、コントならやってくれるはずだ」


 幡谷も固唾をのんでレーダー上のコントの戦いぶりを見守った。

 コントのF-15Jが第二波の攻撃を避けるためか、今度は左に急旋回を行い、やがて激しく回避機動を始めた。ミサイルではなく戦闘機に追われている時の動きだ。


 「ドッグファイトに持ち込まれたのか」


 コントの輝点は激しく機動しているが、それを追っているはずのF-22の姿はレーダー上には見えなかった。F-15Jの後方警戒レーダーでは近くにいるはずのF-22を捉えられないのだ。

 旋回や上昇、下降、コントのF-15Jは見えない敵を相手に必死の回避機動を続けていた。レーダーを見守るだけの幡谷にもコントが苦戦していることがわかった。F-15Jよりも高性能な戦闘機二機を相手に独りで戦っているのだ。他の三機のように瞬殺ではなく、粘り強く回避を続けていられることがコントの実力を表していた。そして、頻繁に旋回を繰り返すコントのF-15の前に、一瞬だがF-22の輝点が現れた。防戦から反撃に転じ、F-15Jのレーダーが正面にF-22を捉えたのだ。


 『行け!コント!!』


 ピーコングが叫ぶ。戦闘機同士のドッグファイトは相手の後ろを取り、攻撃を加えたものが勝つ。F-22をロックオンしたコントは素早くSRM(短距離空対空ミサイル)を発射しようとした。しかし、コントがミサイルを発射より先に無情な撃墜判定が彼に下された。


 『ボクサー・フォー、ロスト』

 『嘘っ!?』

 『おいおい、二分も経ってないぞ??』

 

 ほん少し前にレーダー上に輝いていた四つのF-15Jの表示は全て消えていた。キャロット率いるボクサー編隊はろくに反撃もできない内に全滅したのだ。しかも、わずかな戦闘中に敵機の反応は一瞬しか表示されなかった。F-15Jの探知範囲はF-2よりも長く最大で一五〇キロメートルほど、その強力なレーダーを持ってしても接近していたはずのF-22をほとんど捉えられなかった。


 『ボンゴ、どうする?』


 スリードッグが無線で編隊長に尋ねた。もしボクサー編隊とカナーン編隊が正面から戦えば機体の性能差でボクサー編隊が勝つ可能性が高い。そのボクサーが一瞬で敗れたF-22相手にわずか四機のF-2で挑むのは、常識で考えれば無謀以外の何物でもなかった。しかし編隊長のボンゴは誰よりも楽天的な男だった。


 『ボクサー編隊がやられたことで俺たちも手合わせのチャンスが来たな。カナーン・スリーとフォーは左に、俺とカナーン・ツーは右旋回、方位二七〇、高度一万五千フィート(約四千五百メートル)。弔い合戦だ!』


 方位二七〇は現在の進路の真後ろ、すなわちF-15J隊が全滅した方向だ。編隊長のボンゴはB-52の護衛を諦めて敵機と戦う決意をした。幡谷もそれに賛成だった。護衛対象にぴったり張り付いていてもステルス機相手にはほとんど意味はない。今この瞬間にもミサイルが飛んで来るかもしれないのだ。それならば、敵を爆撃機から離れた位置で足止めをして時間を稼いだ方が可能性が高い。それに、正面から向き合えれば四機のF-2AのどれかがF-22を捉えられるかもしれなかった。


 『カナーン・スリー、スリードッグス、方位二七〇、了解』

 『カナーン・フォー、ピーコング、了解。かたき討ちですね!』

 「カナーン・ツー、フラッグも了解」

 『おいおい、カナーン編隊、護衛対象のこっちは丸裸か?』

 『悪いなアキタ・ワン。しばらくは自分の面倒をみていてくれ』

 『了解だ。既にレッド国は交戦の意思を示した。示威飛行を中断し、高度三万フィート(約九千メートル)に上昇、島を迂回してイージス艦の防空圏内に向かう』


 アキタ・ワンはそういうと、進路を左に変えながら上昇を始めた。戦闘機が攻撃してきたということは、レッド国の基地にある地対空ミサイルも容赦なく撃ってくることを意味する。それを避けるため、B-52Hは進路を変え、上空へ離脱を開始した。

 カナーン編隊はB-52Hと別れ上昇した後、反転してさきほどボクサー編隊が交戦していた空域に向かった。


 『カナーン編隊全機、オフセットボックス隊形』


 ボンゴが選択したのは防御的な隊形だった。カナーン編隊の四機はボンゴの一番機と幡谷の二番機が横並びになり、さらにその後ろにスリードッグスの三番機とピーコングの四番機が少しずれて横並びになる。オフセットボックスという平行四辺形のような隊形は監視や防御に優れている。発見が早ければ、それだけミサイルを回避できる可能性は高くなる。ボンゴはF-22の初撃を避けるのは難しいと判断し、攻撃をしのいでミサイルを使い切らせた上でドッグファイトを挑もうとしていた。


 『敵の残弾は少ない。第一波の攻撃をしのげば格闘戦に持ち込めるはずだ』


 部下を励ますようにボンゴが言うと、スリードッグもそれに続く。


 『あのラプターがちゃんとJ-20仕様になっていればいいですけどね』

 『そこは忠実のはずだ。フラッグ、敵はいくつミサイルを搭載できる?』

 『J-20は四発のPL-15中距離空対空ミサイルと二発のPL-10S短距離空対空ミサイルを搭載できるといわれています』

 『よし、ピーコング、つまり残りは何発だ?』

 『最初の攻撃で四機のF-15Jに対してMRM(中距離空対空ミサイル)のPL-15を四発、その後、生き残ったコント機に対してSRM(短距離空対空ミサイル)のPL-10が一発使われたと推測します。ならば残りをMRMが四、SRMが三です』


 本来であれば、レーダーが捉えた敵機の武装や残弾なども多目的ディスプレイに表示できるのだが、そもそも敵が見えないのでそんな情報も表示させようがなかった。F-15JやF-2のように機外にミサイルを吊るしているならレーダーとコンピューターで残弾を判断できるが、機内の兵装庫にミサイルを搭載しているF-22相手では外から残弾を確認することはできない。


 『よし、ミサイルを一人あたま二度回避すれば敵の武器は機関砲だけになる。ドッグファイトに持ち込めば俺たちの楽勝だな』


 紙飛行機を飛ばすような気楽さで編隊長ボンゴがいった。


 「まずは俺に仕掛けさせてください。こっちもミサイルを使わずガンだけで落として見せますよ」

 『その意気だフラッグ。だが機関砲で戦うのはミサイルを撃ち尽くしてからにしろ。よし、全機、目を皿にしろ! 相手は透明人間だぞ』


 ボンゴの気合いの入った大声で無線の音が割れた。

 ステルス機との戦闘は良く透明人間との戦いに例えられる。サッカーで例えるなら、相手のチームが全員透明人間で、しかも相手チームが持っている間はボールも透明になる、そんな状況だ。こちらはシュートされるまで相手の位置もボールの位置もがどこにあるのかわからない。しかも身体能力は相手の方が上だ。そんな状況で正面から戦いを挑んだところで、勝てる見込みはまずない。一応、完全な透明人間ではなく、半径二メートルくらいに相手が入れば見ることができるが、絶望的に不利な状況に違いはない。それが百四対一といった極端なキルレシオになる。だが百四対〇ではなく一だ。勝ち目はある。

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