第2話 国際合同演習「コープ・ノース・グアム」#2

 幡谷たちが参加しているコープ・ノースグアムは約二週間の期間にわたって行われる国際演習で、そのちょうど中間にあたる今回の演習の目的は敵の防空圏に突入するB-52Hの護衛だった。

 シナリオはこうだ。某レッド国が複数国が領有権を主張する諸島の環礁を埋め立てて、軍事基地の建設に着手した。ブルー連合国である日米両国は埋立地に領有権は発生しないと抗議したが、レッド国は聞く耳を持たず基地の建設を進めている。アメリカは定期的に艦船で近くを航行したが効果は無かった。そこで、本気を見せるため、アメリカは爆撃機による示威飛行を決意。日本の航空機がそれを護衛することになった。そしてレッド国も示威飛行に対抗するため、最新鋭のJ-20戦闘機を完成したばかりの基地に配備した、そういう筋書きだった。B-52Hは目標の島の上空を飛行し、その先にいるアメリカ軍のイージス艦の防空圏内まで逃げ切ればブルー連合の勝ち、それまでにB-52Hを撃墜できればレッド国の勝ちだ。この演習の最大の難関はレッド国の最新鋭機、J-20だ。J-20は某国が開発した第五世代のステルス戦闘機で、その実力は未知数だったが世界最強のF-22戦闘機に匹敵するともいわれている。

 

 「今回はラプターが出てくるんだろ?」

 『ええ。J-20の代わりにね。ふふふ、腕がなるわ。世界最強を仕留められると思うとわくわくする』


 ラプターはアメリカのF-22戦闘機の事で、高いステルス性能と圧倒的な機動性を持つ戦闘機だ。実戦で負けなしを誇るF-15を相手に、百四対一のキルレシオ(撃墜対非撃墜比)をたたき出したこともある。これはF-22を一機落とすまでにF-15が百四機撃墜されたということで、つまりはほぼ無敵の戦闘機ということだ。総合的に見ればF-15はF-16やF-2よりも空対空戦闘に優れているので、F-2でF-22一機を落とすには百機では足りないだろう。今回の演習に参加している航空自衛隊機はわずか八機。この時点で勝負の行く末は明白といってもよかった。


 『フラッグは知ってる? 教官たちは私たちが何分で全滅するかって賭けをしてる。一番人気はミッション開始十分で全滅だって』

 「そうだったのか。知ってれば俺たちの勝利に賭けてきたんだけどな。まあ、せいぜい侮らせてやろう。その油断を突いて俺が自衛隊初のラプターキラーになってやる」

 『あら、その名誉は私がもらってあげるから。フラッグはしっかり私のサポートをしなさいな』

 「一応、いっておくが、俺が二番機、ピーコングは四番機だから俺の方が指揮権は上だからな? サポートに回るのはそっちだよ」

 『もし私たちだけになったらね。でも大丈夫よ。ボンゴ隊長やスリードッグスもそこまで腕は悪くはないわよ?』

 『おいおい若造ども、いってくれるじゃないか』


 黙って無線を聞いていた編隊長のボンゴが無線に割り込んできた。


 『確かにお前らの実力は確かだが、それは一対一のドッグファイトでだけだ。現代戦は視野外の戦闘と編隊同士の連携が勝負を分ける。前時代的なドッグファイトの技術だけ優れていてもいいファイターパイロットにはなれんぞ。だが、まあ、ラプターのパイロット連中にガツンと一発かます必要があるな』

 『ボンゴ隊長の言う通りだ』


 三番機のスリードッグスも会話に加わる。


 『俺は自衛隊が逃げ切るに百ドル賭けて来た。気合いれていこうぜ』

 『弱気じゃないか、スリードッグス。俺はレッド国機全機撃墜に賭けてきたぞ』

 『よっ、ボンゴ隊長! 男前ですね。それ、勝ったらいくらになるんですか?』

 『二十倍くらいにはなる。俺たちでラプターをぶっ殺すぞ。そうすれば今晩は俺の奢りだ』

 『了解です。ラプターだろうがJ-20だろうが関係ありませんぜ。俺たちは敵の喉元に食らいつきかみ殺すだけ』

 『その意気だ。全機頼むぞ』


 作戦開始が近づいてきて、ボンゴが軽口の締めに入った。幡谷も高ぶった気持ちを落ち着かせるためコクピットの中で大きく深呼吸をする。

 

 『さて……そろそろです』


 真剣な口調でスリードッグスがいった。幡谷もコクピットの計器で現在の時間を確認する。演習の開始時間まであと数秒まで迫っていた。


 『シェパードより演習参加各機、これより演習を開始する。繰り返す、これより演習を開始する』


 幡谷たちの遥か上空を飛行するアメリカ空軍のE-3空中警戒管制機、コールサイン「シェパード」より通信が入る。E-3は旅客機であるボーイング707を改造して巨大なレーダーを搭載した機体で、普通の戦闘機よりも遥か遠方まで捜索することができる。機内には大勢の空軍兵士が搭乗しており、今回の演習の審判役として参加各機のデータをモニターし攻撃の成功判定や機体の誘導を行うことになっている。ちなみに航空自衛隊の各機が取得した敵の位置情報もE-3を経由して編隊全体で共有されることになっていた。


 『こちらアキタ・ワン。ボクサーおよびカナーン編隊、示威飛行のため高度を五千フィートまで下げる』

 『ボクサー編隊、了解』

 『カナーン編隊、了解』


 B-52Hが先頭を切り、高度を一気に五千フィート(約千五百メートル)まで下げる。高度を下げればそれだけ地対空ミサイルなどの脅威にさらされるのだが、今回の演習の目的はレッド国の埋め立て地に対する示威飛行、高すぎる高度ではインパクトがない。航空自衛隊のF-15JとF-2もB-52Hに続いて高度を下げる。



 『こちらボクサー・ワン、ボクサー編隊およびカナーン編隊各機、アキタ・ワンを中心に密集V字編隊』


 ボクサー・ワン三加島三佐の指示でボクサーとカナーン両編隊がB-52Hを中心にそれぞれ左右に広がるように並び大きなV字を形成する。これはエアショーなどでよくみられる隊形で地上からの見栄えがとても良い。とはいっても今回地上にいると想定されているのはレッド国の兵士たち。彼らが領有権を主張する島の上を悠々と爆撃機で飛行しメンツを潰し、手を引かなければ次は爆撃するぞと脅すのが目的だ。


 『アキタ・ワンより各機、前方、距離百マイル、方位一二〇、高度五千フィートにボギー(国籍不明機)二機をレーダーで捕捉。以後、ボギー・ワンをローシェン・ワン、ボギー・ツーをローシェン・ツーとする』


 先頭を進むB-52Hのレーダーが前方にある埋立地の基地から上がって来た二機の機体を捉えた。大型機であるB-52Hは戦闘機であるF-15JやF-2よりも高出力のレーダーを搭載しており、F-15Jの倍近い百七十マイル(約二百八十キロメートル)遠方まで捜索できる。ちなみに、上空にいるE-3はより高性能なレーダーでこの二機を捉えているはずだが、今回はE-3レーダーの情報は共有されないことになっている。B-52HとF-15J、そしてF-2が得た情報だけがデータリンクを通じてアキタ、ボクサー、カナーン編隊で共有されている。

 しばらくしてデータリンク経由で送られてきた情報が幡谷のF-2の多目的ディスプレイに表示される。表示はF-22。さきほどB-52Hが割り振ったローシェン・ワンとツーの表示も一緒だ。本当はJ-20を模擬したF-22なのだが、情報の中継管理をしているE-3はシミュレートする機種まで変更してないようだった。

 

 『ついにきたわね』


 ピーコングが興奮気味に呟いた。


 『妙だな。ステルス機なのにこの距離でレーダーに反応している。レーダーリフレクターを装備しているのか』


 スリードッグが怪訝そうにいった。レーダーリフレクターは文字通りレーダー波を反射させる装置だ。本来、F-2やF-15のレーダーでは十五マイル(約二十五キロメートル)ほどに近づかなければF-22はレーダーに映らないといわれている。ちなみに、航空自衛隊が使用している中距離空対空ミサイル(MRM)である99式空対空誘導弾の最大射程は百キロメートルほど。ステルス戦闘機と戦う場合、ミサイルの長射程を生かすことができなくなるうえ、向こうからはこちらが見えているので長射程のミサイルが飛んでくることになる。戦闘には恐ろしく強いステルス機だが、常にだれからも見えないと様々な支障が出る。単に移動するだけの時や、民間の航空機が多い混んだ空を飛ぶとき、レーダー映らないのでは他の航空機と衝突事故を招く可能性がある。そのために装備するのがレーダーリフレクターだ。本来、敵機から照射されたレーダー波を明後日の方向に反射させて探知されないようにしているステルス機がこれを装備すると、レーダー波を来た方向に返すことができ、結果として民間のレーダーにもきちんと映るというわけだ。


 「見えてるラプターが相手か。拍子抜けだな」


 幡谷は鼻歌交じりにいった。ステルスでないF-22は単なる高性能な戦闘機に過ぎない。性能さがあるとはいえは八対二では勝負にならないだろう。


 『フラッグ、調子に乗るなよ。見えていてもラプターの機動力はF-15やF-2よりもはるかに上だ』

 「何、敵さんもハンデのつもりなんでしょうけど、後悔させてやりますよ。なあピーコング?」

 『ええ、誰がラプターを落とせるか競争ね。二機とも私が頂くわ』


 そんな軽口をカナーン編隊で交わしていると、前方から飛んできた二機から国際緊急周波数で通信が入った。


 『警告する。こちらはレッド国空軍。諸君らはレッド国の領空に接近している。直ちに進路を変えて離脱せよ。繰り返す。こちらはレッド国空軍。諸君らはレッド国の領空に接近している。直ちに進路を変えて離脱せよ』

 『こちらはブルー連合国飛行隊。我々は国際法にのっとり公海上の国際空域を飛行している。国際空域における飛行の自由は国際法に則ったものである。このまま飛行を続行する』


 アキタ・ワンのB-52Hの機長が淡々と返答する。幡谷達航空自衛隊の各機はV字隊形を保ったまま真っすぐと飛行を続ける。レーダーを見ると二機のF-22との距離がどんどん近付いてきて、やがて視認距離に入った。

 前方から鈍い灰色の機体が二機、幡谷達の編隊よりも少しだけ高い高度で真っすぐこちらに向かってきた。二機は一度編隊を通過すると、大きく旋回して編隊の右側に着く。ちょうど幡谷たちカナーン編隊側だ。幡谷はキャノピー越しに並走して飛行するレッド国のJ-20戦闘機役をしているアメリカ空軍のF-22戦闘機を見た。本物のJ-20がどの程度の実力があるのかは不明だったが、F-22の力は良く知られている。“世界最強”の戦闘機だ。だが、戦闘機のパイロットはみな自分こそが世界で一番強いパイロットだと妄信しているものだ。その自信が無ければ過酷な空の戦場では生き残れない。幡谷も例外ではなく、頭の中でどうやってあのラプターを撃墜するか計算を巡らせていた。

 F-22の機体下部には小さな米俵のようなものが付いている。レーダーリフレクターだ。あれがある限り、ステルス機のラプターといえどもしっかりとレーダーに映る。レーダーに映ればミサイルのロックオンもできるし、撃墜も難しくはない。


 『警告する。こちらはレッド国空軍。諸君らはレッド国の領空に接近している。直ちに進路を変えて離脱せよ』


 レッド国の戦闘機二機は警告のメッセージをテープの様に繰り返した。丁寧な事にレッド国なまりの英語で臨場感がある。あるいは、本当に録音なのかもしれない。


 『こちらはブルー連合飛行隊。我々は国際法にのっとり公海上の国際空域を飛行している。異常接近する諸君らの行動は国際空域における挑発行為である。直ちに距離を取られたし』

 『こちらはレッド国空軍。諸君らはレッド国の領空に接近している。直ちに進路を変えて離脱せよ』

 

 双方が録音を繰り返すように同じメッセージを交互に言い合う。レッド国の定めた領空まであと十マイル(約十六キロメートル)を切った。


 『こちらはレッド国空軍。諸君らはレッド国の領空に接近している。直ちに進路を変えて離脱せよ。進路を変えない場合は攻撃も辞さない』

 『我々は国際法にのっとり公海上を飛行している。もし敵対的な行動を見せた場合、こちらもセルフディフェンス(自衛)のために反撃する』


 B-52Hのパイロットがわざと自衛という言葉を強調する。自衛隊機と飛んでいる彼なりのジョークなのだろう。双方は少しずつ態度を変え、交戦の時が近づいてきた。幡谷は目視で確認できるF-22を見ながら最初の一手を考えていた。レッド国はどう出てくるのか。領空に入った瞬間、攻撃されれば一番近くにいる幡谷たちは反撃の時間もなく撃墜されてしまう。とはいえ、先に手を出すわけにもいかない。


 (頼むから戦わせてくれよ)


 B-52Hと並んで飛んで、即被撃墜では終わりでは面白くない。幡谷は今すぐF-22に格闘戦を仕掛けたくてうずうずとしていた。今仕掛ければ先手を取れるが、国際法上先制攻撃を仕掛けるわけにはいかない。

 そして、ついにB-52Hがレッド国の定める領空に侵入した。高度は五千フィートと空中戦をするには余裕が少ない。飛行速度も時速約三百ノットで、この速度ではF-2の機動性は最大限に発揮できない。思う存分戦うにはもっと高度と速度が必要だった。


 『警告する。こちらはレッド国空軍。諸君らは我が国の領空を侵犯している。直ちに空域より離脱せよ。これが最後の警告だ。直ちに進路を変えて離脱せよ。従わなければ撃墜する』

 『拒否する。こちらは国際法にのっとった合法的な飛行である』

 『これが最後の警告だ。直ちに進路を変えてレッド国の領空より立ち去れ』


 B-52Hのパイロットは何も返さなかった。F-22からの通信はブチっと乱暴に途絶え、編隊と並んで飛んでいた二機のF-22は機首を上げると一気に速度を落とし後方に消えた。B-52Hと八機の自衛隊機はそのままの進路を維持し、レッド国の埋立地に見立てられた海域に侵入した。ついに、世界最強のF-22ラプターと航空自衛隊の空中戦の幕が切って落とされた。

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