フラッグ・オン・ザ・ウイングス~異郷の翼~

深草みどり

第1話 国際合同演習「コープ・ノース・グアム」#1

 日本から約二千五百キロメートル南、太平洋の真ん中にアメリカ領グアム島がある。毎年多くの観光客がサマーリゾートに訪れる日本人にとって馴染みの場所だが、実はアメリカにとって太平洋上の重要な戦略拠点であり、島の三分の一近くは軍事基地だ。

 そのグアムに所在するアメリカ空軍アンダーセン空軍基地から、八機の戦闘機が離陸した。灰色の機体が四機、青い機体が四機。いずれも翼に真っ赤な日の丸をつけている。日米豪共同訓練「コープ・ノース・グアム」の為に日本から飛来した航空自衛隊の戦闘機だ。

 基地から離陸した離陸した八機の戦闘機は高度二万フィート(約六千メートル)で編隊を組み水平飛行に移行した。季節は二月。常夏の南海の海は穏やかなエメラルドブルーで空は雲一つない快晴のスカイブルー、戦闘機のコックピットから海を見下ろせば八機の戦闘機の編隊が作り出す楔形の影が見る事ができた。

 先頭を進む灰色の機体は、平べったい胴体にぴんと垂直に立った二枚の垂直尾翼が特徴的なF-15J戦闘機だった。垂直尾翼には黒字に黄色のイヌワシが描かれている。航空自衛隊第306飛行隊の部隊マークだ。

 F-15Jは「イーグル」の異名を持つアメリカ製の戦闘機で、敵の戦闘機を撃退し空を支配権である制空権を確保する為の飛行機だ。大きく平面的な機体には大出力のエンジン二基を搭載しており、そのパワーを生かした高い機動性と第二次世界大戦中の爆撃機に匹敵する大きな兵装搭載能力が特徴だ。現代戦闘機の分類では第四世代機に当たり、その中でもF-15系は第五世代戦闘機が搭乗するまで世界最強の座にあった。開発されてからから既に四十年以上が経過しており、湾岸戦争やイラク戦争など数々の戦争に参加しているが、現在でも実戦で撃墜された例は一機もいない。日本はこのF-15系の日本仕様であるF-15Jを二百機以上装備しており、名実ともに航空自衛隊主力戦闘機として活躍させている。

 そのF-15Jの後ろを飛ぶのが青くて丸みがかったF-2戦闘機。こちらは尾翼に兜を被った侍の横顔が描かれている。第3飛行隊の所属機だ。F-2はF-16戦闘機をベースに日本で開発された機体で、分類はF-15と同じ第四世代機に当たる。F-16はアメリカが開発した軽戦闘機のシリーズで高価なF-15系を補完する戦闘機として開発された。エンジンは一基で、価格もF-15の三分の二程度と安価だが、だからといって低性能なわけではなく、改良に改良を重ねた結果最新型のF-16は性能でF-15を凌いでいる部分も少なくない。四千機以上が生産された現代戦闘機のベストセラー機であり、全世界の様々な国で運用されている。日本のF-2もF-16の派生型だが、機体そのものは日本が独自の設計変更が施されており、似ているようで細部が異なり、機体は複合材が使われ、レーダーも当時の最新技術を投入した独自のものになり、主翼や水平尾翼が一回り大きくなっている。間違い探しのような違いだが、横に並べてみると案外違う部分が目立っつ。F-2はF-16よりも大型で、それは日本がF-2に求めたのは軽戦闘機としての機能だけではなく、海上の艦船を攻撃するための対艦攻撃機としての能力も求めたからだ。兵装が搭載可能な場所はF-16の九ヶ所に対してF-2は十一ヶ所。そこに強力な対艦ミサイルを四発も搭載する艦船キラー、それが航空自衛隊のF-2だった。生まれはアメリカ、育ちは日本、そんなF-2戦闘機に特別な愛着を抱く航空自衛隊の隊員も少なくない。

 航空自衛隊のパイロット、幡谷翔(はたやかける)一尉もそんな自衛官の一人だった。第二次世界大戦中に艦上攻撃機のパイロットだった祖父を持つ幡谷にとって、対艦ミサイルで敵艦を攻撃できるF-2に乗ることは一族の誇りでもあった。残念ながら今回の演習では対艦ミサイルは搭載していないが、F-2に乗ってアメリカの空を駆けているだけで高ぶってくる気持があった。

 幡谷はF-2のキャノピー越しに前方を飛行するカナーン編隊長機のF-2とその先に空に注意を向けていた。


 『ボクサー・ワンよりボクサーおよびカナーン編隊各機へ、アキタ・ワンを視認。一時の方向、距離十四マイル。高度一万六千フィート。高度を下げた後、編隊を維持しつつ合流する』


 無線機を通して四機のF-15Jで構成されたボクサー編隊長の尾田二佐の声が聞こえてくる。幡谷が前方やや右下に目をこらすと、そこに小さな黒い影があった。念の為F-2の多目的ディスプレイのレーダー画面を確認すると、前方十四マイル(約二十三キロメートル)の距離に大きな輝点がある。敵味方識別コードは味方で、F-2の機上コンピュータによるとアメリカ空軍のB-52H爆撃機であるらしかった。今回の演習の護衛対象、コールサイン「アキタ・ワン」だ。


 『こちらカナーン・ワン、ボンゴ、カナーン編隊了解した。カナーン編隊各機はしばらくボクサー・ワンの指示通りに』

 『カナーン・スリー、スリードッグス、了解』

 『リャーリー・フォー、ピーコング、了解』

 「カナーン・ツー、フラッグ、了解しました」


 他の二機に続き、カナーン・ツーのコールサインを当てがわれている幡谷も返信を返す。


 『お、フラッグ、気合が入ってるな』

 

 カナーン編隊長(フライト・リーダー)の北浦三佐が幡谷のタックネームを呼んだ。タックネームはタクティカル(戦術)ネームの略称で、いわばパイロットのあだ名のようなものだ。本名ではなくタックネームを使う理由は機密保持のためだったり発音しやすい言葉で通信を円滑に行うためだったり、単に士気を上げるためだったりと色々言われている。たいていの新人パイロットは初めて配属された部隊で上官からタックネームをつけてもらう。ちなみに、「フラッグ」が幡谷のタックネームで、「はたや」だから「フラッグ」というシンプルな由来だった。ちなみに編隊長「ボンゴ」の名前の由来は好物のボンゴレビアンコから取られているという。


 「俺はいつだって気合マックスですよ。アメリカさんは全機俺が落としてやります!」

 『頼もしいな。過剰な自信が口先だけでないことを期待しているぞ』

 「任せてください」


 八機の航空自衛隊機はゆっくりとB-52Hに近づく。B-52Hはアメリカ軍の戦略爆撃機で全長約五十メートル、全幅約五十五メートルの巨大な航空機で、F-2なら五機、普通の自動車なら三十台を横に並べたのと同じくらいの横幅だ。のっぺりとい黒い機体は太陽の光を反射し白く輝いていた。巨大な翼と八発のエンジンから轟く轟音は「ストラトフォートレス(成層圏の要塞)」に相応しい威容を誇っている。


 『こちらボクサー・ワン。ボクサーおよびカナーン編隊は、アキタ・ワンに合流する』

 『アキタ・ワン、了解。護衛をしっかり頼む』


 ボクサー・ワンである尾田三佐の通信に、アキタ・ワンのコールサインを持つB-52Hのパイロットが応えた。


 『アキタなんて変なコールサイン』

 『演習の司令官が犬好きらしくぞ。秋田犬でアキタだそうだ。俺も名前の由来を聞かれたよ』

 

 無線を通して四番機のピーコングこと西野翔子二尉と二機編隊長(エレメント・リーダー)で三番機のスリードッグスこと大島一尉がカナーン編隊内の無線で軽口を飛ばし合う。


 『家で犬を三匹飼っているんですよね』

 『今は五匹だ。最近子供が生まれてな』

 『それ、死亡フラグですよ』

 『おっと、そいつは失礼』


 そんな会話をしながらも、カナーン編隊の四機のF-2は護衛隊対象のアキタ・ワンの右側にV字隊形の右翼として位置についた。


 「でかいな。さすがに迫力がある」


 目の前に迫った巨大な黒い巨鳥に幡谷は思わず感嘆の声を上げた。航空自衛隊にもE-767早期警戒管制機のように同じような大きさの航空機はある。だが、E-767は攻撃力の無いいわゆる「戦場の目」であり、一方のB-52Hは破壊をもたらすための爆撃機。何ともいえない迫力があった。


 『そう? 私には空飛ぶ黒い秋刀魚にしか見えないけど。細くてひょろっとしていて、とてもミサイルを避けられそうにはみえないわね』


 無線を通してピーコングの声が聞こえた。ピーコングはピンク・コングの略称で、訓練生時代の悲惨な成績と「ゴリラ」のあだ名にちなんだものらしい。女性ということで部隊配属当初は色々と悪い噂も立ったが、今の第3飛行隊でそれを信じる者はいない。頭に血が上りやすいことを除けば、西野は間違いなく第3飛行隊最強のパイロットだった。自信を優秀なパイロットと自負する幡谷も成績では半歩だが西野の後塵を拝している。西野は航空自衛隊では珍しい女性の戦闘機パイロットなのでマスコミへの露出も多く、非公式ながらパーソナルマーク、侍の兜を被ったピンク色のゴリラ、も持っている。幡谷にとっては倒すべきライバルであり、気の置けない仲間の一人だった。


 「B-52は昔はハリネズミのように対空機銃がついていたらしい。今はECM(電子対抗手段)やチャフとフレアを満載しているはずだから、見た目ほど柔い相手じゃないはずだぜ」

 『ふーん。まあ、私は戦闘機と戦う以外は興味ないけどね』

 「アレに敵を近づけないのが俺たちのミッションだからな、お姫様のように守ってやらないと」

 『私はナイトって柄じゃない。護衛任務って肌に合わないのよ。どうせなら思うぞんぶん戦いたいわね』


 勇猛果敢な航空自衛隊らしいピーコングの言葉に幡谷も心の中で合意する。護衛なぞつまらない。なんの制約もなく思いっきり戦闘機と空戦をしたかった。

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