〈4.5〉ファントム、三度現る

 それよりも雪だ……


 俺は苛立ちのままに、ガレージのシャッターを引き上げた。


 銃殺刑のような騒音を上げ、ガレージが開け放たれる。


 電灯のスイッチを入れる。


 ガレージの中央に鎮座する“ナイトライダー”がライトアップされた。


 俺がベストと考える部品と、俺という装着者に最適化されたカスタムによって組み上げられた、世界で一つだけの“コートアーマー”。現時点で、もっとも俺の戦闘力を底上げする“コート”だ。


 “パーシヴァル”を除けば。


 暗いガレージの向こうに、マッツは駆け込んでいった。


 俺は“パーシヴァル”のアタッシュケースを床に置いた。


 充電器に入った“ナイトライダー”のバッテリーパックを確認する。


 満タンだ。


「まさか、そんな玩具おもちゃで行く気? 正気を疑っちゃうね、ボク様」


 聞き覚えのある変声が背後で起こり、俺は振り向く。


 マスクをつけたファントムが、ガレージの壁に寄りかかっていた。


「たまには無意味にファントム参上」


 しゅっ、とファントムは雑な敬礼をしてみせた。


「お前にかまってる暇なんかねえんだよ、クソ……お前が捨てたせいで、“ナイトライダー”の部品、注文し直したんだぞ」


「あんなとこに放って置く方が悪い……って、え!? あっ。い、いやあ……な、なんの話かな」


穉森わかもり犀麻そま。本名か?」


 そう言うと、観念したようにファントムはため息をついた。


「いつから?」


「最初から。マフラーの繊維を少し切って、確認したらナノマシンだった」


「ちっくしょう! 乙女の衣服を切り取るなんて信じらんない! ……ていうか普通に疑問なんですけど、なんで追い出さなかったの?」


「……最初は様子を見るつもりだったが……」


「なに? ボク様の可憐な素顔に一目惚れしちゃった? くひひっ」


「……クソ。お前と遊んでる場合じゃないんだ」


 と、“ナイトライダー”に向き直った俺の背中に、どしんとファントムがしがみついてきた。


「いいーじゃん。お姉さんに教えてごらん」


 その重みは普通の少女の重みだった。


 敵意も殺意も感じられず、毒気を抜かれた俺はなぜか続きを口に出していた。


「……雪はお前を気に入ってた。たぶん俺が追い出したら……」


「怒られると思った?」


「悲しむと思った。もしそうなったら、俺は雪にどうしたらいいかわからない」


 傷ついた人間を慰める言葉を俺は知らない。あれだけ“彼女”から投げかけられた言葉たちに救われたのに、俺は一つも覚えていない。


「だから、ガレージキットのときにボク様をかばったのか……ばっかじゃん」

「うるさい」


 ファントムを乱暴に振り払うと、充電器からバッテリーパックを抜いて、“ナイトライダー”に装填していく。


「で、そのかっくい~玩具ですすくちゃんを助けに行くって? 無理でしょ。あのブルーアイズ・ホワイトドラゴン着ればいいじゃん。本当にそんなので、あいつらと戦えると思ってるの? 葬送小隊フェンレルでしょ」


「お前には関係ない」


「関係ないことあるかよ」


 俺はファントムを振り返った。その声音に、初めて喜と楽以外の感情を聞いた。


 それは怒りだった。


「ボク様が暇つぶしですすくちゃん狙ってるとでも思ってんのかよ! 好きなんだよ! 大好きなんだよ! もう届かないってわかっても、大好きが止まらないんだよ!」


「だったら、なぜあいつをさらわせた! お前がストーキングしてれば、こんなことにはなってないだろうが!」


? 違うだろ、ボディガード。だろ! 馬城ハガネがついてれば、すすくちゃんは今もここでニコニコ人生エンジョイしてた! ああ、ボク様こっそりついてたよ。あのミツグとかいう女とツーリング行くのを見送ったよ。なんで見送ったかわかる!? 見てらんなかったからだよ、あんな悲しそうな顔!」


 ファントムはマスクをかなぐり捨てた。


 あらわになった顔はぼろぼろ泣いていた。


「すすくちゃんを守るのは、お前しかいないんだよ、ボディガード! わかったら、とっととその第七世代持ってすすくちゃんを助けに行け!」


 突きさしたファントムの人差し指を追って、俺はアタッシュケースを見た。


 自分の手が震えているのがわかった。


「……なんで?」


「……昔、大事な人を死なせた。そいつを着てたせいで」


「知らん。着ろ!」


「俺が殺したんだ! 俺が…………守るはずの俺が。あのとき気づいてたはずなんだ。俺には誰も守る資格はない……今度のことも俺のせいだ。あのシルバって奴を逃したせいで……」


「それは不正解」


 ファントムはかがみこみ、自分のマスクを拾った。


「そいつなら、ボク様が殺したから」


 俺は絶句した。


 殺した? “コートアーマー”相手にテーザーガンだけで戦うようなこいつが? 一袋のお菓子を分け合いながら、雪とあんなに楽しそうに喋っていたこいつが?


 こいつが自分の手を血で汚す姿は想像がつかなかった。


 おそらく雪のために。


「ちなみにだったよ」


 ファントムはマスクをはめ、少女の顔は怪盗という仮面の向こうに隠れた。


 マントをひるがえし、ゆっくりとガレージから歩み去っていく。


 外の闇に出る直前、ファントムは少しだけ振り向いた。


「ボディガード、すすくちゃんを助けに行きたくない、ってちらっとでも思ってる?」


「そんなわけない」


「だよね。すすくちゃんもおんなじだよ。お前のせいだなんて思ってない。もっと甘えた方がいいよ。二人ともさ」


 そう言い残して、幻影ファントムは影の向こうに消えた。

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