〈3.12〉幻影


 あのすすくちゃんの瞳に見られたときから、ずっと胸がばくばく言っててうるさい! うるさいなあもう! ボク様はボク様、ボク様はファントムだ!


 でも、大声がなりたてたって、実はわかってるんだ。本当はどっかで気づいてたんだ。


 すすくちゃんとボク様じゃ(シルバ風に付け足すなら『ああ、陳腐な台詞だけど』)生きてる世界が違うんだって。


 すすくちゃんにとって、この世界はきれいで輝いてて、自分に暖かいものをもたらしてくれる大きな母なる大地。でも、ボク様にとっての世界ってのは、ボク様にかしずいてボク様に奉仕してボク様のためだけにぐるぐる回り続けてる愚鈍なでくのぼう。


 だから名前はファントム。誰にも縛られない幻影。



 ボク様は屋上からぴょーんと飛び立った。飛び降り自殺みたいに頭から地面に落ちてって、それもいいかななんて思うけど、やっぱり考え直して、くるりと姿勢を戻して着地する。


 シルバの前に。


 ずんぐりした“コートアーマー”に包まれてて顔なんて見えないけど、それはシルバだってわかる。ていうか、こんなの着てる奴なんて今ここで他にいるわけないし。


「お前……ファントム……お前……寄越せぇ!」


 げんこつ作って駆け寄ってくるシルバ。


ユイットアントロゥワ


 ボク様は一瞬で“エギーユ・クレーズ”を装着。素早い身のこなしでシルバの脇をすり抜け、見事その攻撃をかわしちゃう。


 ――ねえ、すすくちゃん。


「そいつを寄越せ俺に! それさえあれば……あいつだって……!」


 ぶんぶん振り回すシルバのパンチも、ボク様にはカタツムリに見える。


 すすくちゃんは誰かを不幸にしてまで幸せになりたくないって言ったね。


 でも、そんなの無理だよ。みんなどっかで誰かを犠牲にしてるんだよ。


 こいつがいい例。


「お前を殺して第七世代を奪って……それからそれから、俺は葬送小隊フェンレルになる! あの裏切り者をぶっ殺してやる!」


 ね? すすくちゃん死んじゃうよ。


 だから、ボク様が代わりにこいつをにしてあげる。


 大丈夫、だいじょーぶ。初めてだけどボク様ならきっとうまくやれるから、すすくちゃんはなんにも気に病むことないよ。すすくちゃんは健康で明るい陽のあたるところを、自分が好きなように歩めばいいから。もし陰から這い出てすすくちゃんを危ない目にあわせるような奴が現れたら、ボク様が全部踏み潰してやる。すすくちゃんは、後悔とか罪の意識なんてなんにも抱え込まなくていいんだよ。


「なんだお前は! なんで死なないんだよお!」


 むしろ、知らなくていいんだ。こんなことが起きてるなんて。


 ボク様なら、それができる。全部闇から闇へと消し去れる。


 だってボク様は……


「だってボク様は、幻影だから」


 ボク様はグローブからテーザーガンを発射。あらぬところへ飛んでった電極のワイヤーを空中でひっつかんで、引き伸ばしたままシルバの背後に回り込む。


 それで、ワイヤーで作った輪っかを、ふわっとその“コートアーマー”の首に引っかけた。


 どん、ってシルバの背中に足をついて、思いっきりワイヤーの輪っかを引き絞る。


 ぎゅん、って締まったワイヤーは“コート”の首装甲に食い込んで、もっと力を込めるとすぐにそんな鋼鉄も切り裂いた。


 がくん、って抵抗がなくなって輪っかは線になった。


 “コートアーマー”の隙間からは滝みたいな血がだくだくと。


 すいかみたいに、ヘルメットが転がり落ちた。つきで。


 血でぬめぬめ滑ってたけどなんの引っかりも感じさせず、ワイヤーはグローブに巻き戻された。


 でっかい身体とでっかい頭。その二つが切り離されてボク様の足元で転がってる。


 すごい光景だ。


「………うっ」


 はじめてみた。


「…………うっ……ううぅ……うわああぁぁあん! うわあああああーああーあーん! うええええええ、えええ、えええん!」



 ここでボク様の豆知識:失恋の味はしょっぱい。

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