〈3.5〉リアル・コート
ハガネには強がってみせたものの、実を言うと
ネットで知り合った男の人(厳密には女性の可能性もわずかに残っているけど)と会う? 絶対やってはいけない蛮行の一つとして世間では数えられていることだ。ネットで知り合った男性にさらわれる、暴行を振るわれる、殺されて山に埋められる、そんなフィクションとニュースであふれかえっている。
zampodの制作するガレージキットはとても魅力的だったし、なんとしても自分の手で組み上げたかった。でも、いくらハガネがついているとはいえ、そんな緊張と不安を無視してリスクを犯すほどほしいものではない。ニャンフェスで並んで買うくらいが関の山だ。
雪を動かしたのは、ハガネだった。
雪はカフェのテラス席に座っている。背後のテーブルのパラソルの下で、ハガネはオレンジピールをかじっているはずだった。振り返ってその顔を確かめることはできない。もしできれば、この不安も少しは和らぎそうだけど。
代わりに思い出すのは、あのガレージキットを見たときのハガネの表情。すさまじかった。模型を相手にしてるだけなのに、まるで親の仇が目の前で遊び呆けているのを見たような顔だった。どれだけ鈍感でも、さすがにただ事ではないとわかる。
だいたい、ハガネが自分のガレージキットを勝手に作るはずがないのだ。たとえばすでに喧嘩していて、どれだけお互いの仲が険悪になっていても、あんな嫌がらせは絶対にしないだろう。だったら誰が? 穉森犀麻なはずがない。人を疑うことすら知らないような、純粋純朴な子(年上だけど)だ。とても気が合うから、できればずっとガレージハウスにいてほしい。
ちらっ、と疑いがかすめた。ハガネは真犯人をかばっているのかもしれない。でも、そんなに大切な人がハガネにいるのか?
自分の知らない誰かがまだいて、それはハガネにとってそんなに守りたい人なのか?
否定はできなかった。ハガネがときどき自分を通して、別の誰かを見ていることには気づいていた。その誰かが彼の心の大事な部分にずっと居座ってて、森羅万象を見るたびに彼はその誰かを思い起こしている。
一体、誰なのか。
考えだすと、理由もわからず心がぐちゃぐちゃしてくるので、考えたくない。でも、一人でぼーっとしているとそんなことばかり頭に浮かんでくる。
だから、緊張してたはずなのに、その人が現れてほっとしていた。
「あの……マッツさんですか」
雪は笑顔を浮かべた。
「はい。あっ、zampodさんですか。どうぞ、座ってください」
zampodは大学生みたいな男の人だった。ひょろ長くて、色が白かった。雪の対面に座ると、柳の木みたいに周りの客から頭一つ抜けていた。
「えっと、本当に女子高生なんですね。珍しいですね、ガレキやってるの」
「初めて挑戦しようと思ったんですけど、作る前にその……壊しちゃって……」
「いや、大丈夫ですよ。今日、持ってきましたんで」とzampodは携えてきた紙袋の中から、黒いビニールのパックを取り出した。SNSのアカウントと同じロゴと、ゼノマトック社の第六世代“コートアーマー”、“アケロン”のカスタムキットである表記がかっこよくイラストされてある。
それを机の上に置いたのと、雪の隣にハガネが腰かけたのは同時だった。
「な、なんですかあなたは……マッツさん、これはどういう……」
「メッセージで送ったとおり、そいつは買わせてもらう。交通費も出す。だが別に訊きたいことがある」
「ちょっと、なんなんですか。
「お前、このカスタムをどこで見た?」
やはり、ハガネはあのときと同じ獣の顔をしていた。
詰め寄られたzampodは口ごもった。
「いや、ですから……これはオリジナルカスタムなんで……僕が考えたんですよ」
「嘘をつくな。お前はこれを見たはずだ。直接はありえないから、写真か動画で。言え、誰に貰った。この“アケロン”はどこで何をしていた!」
「ちょっとハガネ……」
周りの客の注目を集めている。それでなくてもzampodは怯えきっていた。話を聞く側の態度じゃない。
「……すまない。脅すつもりじゃない。ただ……知りたいんだ」
「……このカスタム“コート”の画像はある日突然メールで送られてきたんです。全部で四枚でした。前後左右から……でも、フォルムを撮るための写真じゃなくて、何か行動をしている最中を捉えたものみたいで……場所は砂漠っていうか、荒れ地みたいなところです。他には何も写ってませんでした」
「送り主に心当たりは」
「ありません……しょっちゅうそういうことがあるんです。どこで手に入れたんだか特殊部隊の“コートアーマー”の画像とか……ファンの投稿みたいな……もちろん誹謗中傷もありますけど」
「だが、お前はこれを自分のオリジナルカスタムだと偽った。気づいてたんだろ? これが表には出せない“コートアーマー”だってことに。著作権やらなんやらを主張するような奴が絶対に現れないアンダーグラウンドの存在だって」
「だって……だってしょうがないじゃないですか! かっこよかったんだから!
あれを見て作ろうと思わないモデラーがいると思いますか!」
「……お前を惹きつけたのは、この外観じゃない。血だ。こいつに染み込んだ本物の血と硝煙の魔力がお前の心を捕らえたんだ。刑務所の殺人鬼にラブレターを出すグルーピーと一緒だ」
「じゃあ、これは本物の……」
そのとき影が頭上をよぎった気がして、雪は空を見上げた。
二つの巨大な鳥が高層ビルの屋上のあいだを一瞬通り過ぎていった……錯覚だと思い直した。鳥というより、人に見えたから。
「どうした?」
鋭い目を向けてくるハガネ。何か不審なもの、雪に危害を加える者が現れたのかと心配している。ボディガードだから。私を守るべきボディガード。他の誰かのためでもない……私を守る……
いやらしく泥沼に引きずり込もうとしてくる思弁。それを断ち切るように、雪は首を振った。
「なんでも――」
言いかけて、息をのんだ。
怪訝そうな顔を浮かべるハガネ。雪の視線はその向こうに吸いついている。離すことはできない。
視線の先にある双眸も、雪を見つめて凍りついていた。
彼女の周りでは、同年代の中学生の女の子たちが甘そうな飲み物片手に、楽しげなおしゃべりを交わしている。彼女はそれには加わらず、ただ雪をじっと見ている。最初からずっと見ていたのだ。一瞬固まったのは、目があったことに驚いたに過ぎない。
双眸の持ち主は神部
雪の腹違いの妹だった。
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