〈3.4〉日曜日よりの怪盗
ボク様は大怪盗なんで関係ないけど、日曜日ってすごい人出。自分のすぐそばにこんな大量の人間がいるのなんて気持ち悪くって、イライラしちゃうね。
だからボク様、高層ビルの屋上を移動してる。飛び石みたいにぴょんぴょん跳ねて、向かう先はすすくちゃんがzampodってモデラーと待ち合わせしてるカフェ。もちろんボディガードもこっそり待機してるらしい。
“エギーユ・クレーズ”を着ているとやっぱり気分がいい。自分の身体が想像したとおりに動く気持ちよさっていうのかな。暑さも寒さも感じない。世界に存在することで必ず感じなきゃいけないストレスみたいなものが、全部消えてなくなる。
ボク様は踊っている。空を駆け、宙を舞いながら、街も世界も遠く離れたこの場所で一人で踊っている。
ボク様は自由だ。自分のやりたいことを、やりたいようにやって、やりたいようにいつか死ぬ。誰にも従わず、誰も従えない。人が人とつながっていないと生きていけないこの世の中では、ボク様はすべての縁が断ち切られた、ただの
いや、幻影だった。
初めての経験だった。自分の中に誰かを求める感覚があるなんて思いもしなかった。神部雪。すすくちゃん。すすくちゃんを知ったときから、ボク様は自分の中の欠けに気づいて幸せではなくなった。こうなってしまった以上、本当に幸せになるには、すすくちゃんを手に入れるしかない。
それが、いつも美しいものを盗むときに感じる、自分のコレクションに加えたいっていう強烈な所有欲なのか、それともこのボク様もついに人並みにさびしさを感じるようになったってだけの話なのか、よくわからない。でも別にわからなくていい。それはきっとすすくちゃんを手に入れたときにわかるから。そしてそのときもすぐに訪れる。
っと、目当ての高層ビルの屋上に到着。ここからなら、遠くに目を凝らしたり真下を覗き込んだりするような怖い真似をしなくっても、待ち合わせ場所のカフェがばっちり丸見え。
「装着解除。
ぎゅららら、って“エギーユ・クレーズ”は布に戻って、ボク様のマントに早変わり。そう、今日はボク様ファントムの格好をしてます。万が一、素顔を見られたら激ヤバだからね。
んで、さっと単眼鏡を伸ばす。
ちっちゃい丸いレンズの視界に、カフェの屋外席に座ってるすすくちゃんの顔が大写しになった。
「は~、やば~」
ボク様は屋上の塀に腰かけて、足を空中にぶらぶらさせながら、幸せなため息。ボク様の潜入・変装・偽装工作によって最近はすぐそばで会って言葉も交わせるようになって、それもどちゃくそ幸せだったけど、こうやって遠くから眺めてるのもやっぱりいいもんですな~。誰にも見られてるなんて思ってない自然な素顔……そう! こういうときにこそ、真の美しさがあるんだよ、ワトソン君! わかったかい、ワトソン君! 焼きそばパン買ってきたまえ。
でも、いつか……
「いつか、本当のボク様ともお話してほしいな……」
ぎっ……と背後でドアの開く音。
は? ありえない。ここは高層マンションの屋上。何か点検でもないかぎり、人が来ないってことは調査ずみ。鍵が常時かかってるから、自殺志願者だって現れない。
でも、入ってきたのはギターケースを背負った金髪の男だった。見覚えある。
シルバ、って奴。ケチな泥棒で、あまりにケチすぎるからクラッカーとか他の仕事しないと生活できない。業界には関わらないようにしてるボク様は、だからこそ業界について調べまくってあるのだ。ボク様、勤勉~。ちなみにシルバって名前の由来は、髪が銀色だったから。こいつはアホなのでそのあだ名が警察にまで知れ渡り、金髪に染め替えたのだ。
「なっ、ファントム……? 重なったか……」
「はーん? ボク様は大・怪・盗。ケチな泥棒なんかとターゲットがかぶるわけないじゃん。今日はプライベート」
「そうか、なら場所を譲ってくれないか」
「嫌だね。べー」
「……わかった。邪魔しないでくれよな」
シルバはボロい双眼鏡で下の街をきょろきょろ。なんかやけに必死で気になる。
「……別に興味ないけどさ、なに探してんの?」
「ある男だ……本命はそいつじゃないが……そいつが会う人間に用がある」
「ふーん」なんかきな臭くて嫌な感じ。裏社会かスパイっぽい仕事って好きじゃないね。この前も、どこで知ったのかかCIAがボク様にコンタクトしてきたけど、興味ないしダサいしで突っぱねてやった。どっかの独裁国家に潜入してなんでも願いが叶う聖杯を盗んでくれとかだったらかっこいいのにさ、どうして最新鋭“コートアーマー”の設計図とかいう退屈なもん盗まなきゃいけないの?
「そいつ自体はしょうもない男さ……いい年こいてプラモデル作ってる奴だ。虚業だよ」
「それってさ……プラモじゃなくてガレージキットじゃない?」
「さあ? なんて言うのかまでは知らんよ」
がちゃ。ボク様は右手に着けたグローブ型のテーザーガンをシルバの後頭部に突きつけた。
「……なんのつもりだ?」
「質問するのはボク様の方。そのモデラーが会う人間を見つけたら、どうするつもりなのかな? お姉さんに喋ろっか」
「……何者か探る。場合によっては、消す」
ボク様は中指と連動してる引き金を引いた。ばっしゅーんと発射された電極はシルバに当たってビリビリ気絶させて、すすくちゃんを見事救うはずだったけど、実際はものすごい速度でかわされて何もないところを飛んでっただけだった。
「もう一度聞くぜ。なんのつもりだ?」
「シルバ、ただの泥棒かと思ったら……くひひひっ。何者?」
「傭兵……って言えば一番近いか。口に出すと陳腐だが、秘密結社とかそういうもんだ。俺は準構成員でな。昇格のために組織に貢献したい。で、撒いた罠の一つがあのプラモデル野郎ってことだ。あいつが作った模型は実際に組織が運用しているカスタム“コート”……あれに興味を示す奴は組織を知ってるってことだ。そいつがどこで組織を知ったのか突き止め、場合によって
「
金庫の中の書類で見た名前。ああ、なるほど。だから、あのボディガードはあのガレキを見て血相変えたわけね。そしてボク様の“エギーユ・クレーズ”にも……くひひひっ。俗世のしがらみにまみれた人たちってかわいそうだね。
「なぜ
「ボク様は怪盗ファントム! 知らなければ何も盗めない」
そう、だから、すすくちゃん。すすくちゃんのことも全部知ってるよ。どうして神部家にいることになったのか。あのクソみたいな家でどんな気持ちで過ごしてるのか。どうすれば抜け出せるのかってずっと考えてることとか。
全部知ってるんだ。だからボク様は……
「こんなところで、こんなクズのせいで死なせないよ」
ボク様はマントを払った。セラフィム・ドライブが真っ赤に輝く。
「お前、それは……まあいい、結果は同じだ。邪魔立てするなら……ああ陳腐なセリフだが……」
殺すしかない、ちょっと照れくさそうにそう言ってシルバは背負っていたギターケースから片腕式の“コートアーマー”を取り出した。
「
ボク様の華麗な認証コード発声を聞いて、“エギーユ・クレーズ”が起動した。
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