第38話『寂しき告白』

 ――宏斗先輩のことが好きです。あたしと恋人として付き合ってくれませんか。


 愛実ちゃんはそう告白をすると、真剣な表情をして俺のことをじっと見つめてくる。告白をしたからなのか、彼女の息は荒くも甘い。それが分かったからなのか俺の頬は熱い。

 愛実ちゃんの声で何度も「好き」という言葉が体中に響いて、そのことに痛いほどに胸がキュンとする。


「俺のことが……好き……」

「……はい。もちろん、男性としてです。配属された直後は面倒見のいいイケメンの先輩社員だと思っていました。でも、隣で仕事をしていくうちに、仕事以外でも宏斗先輩のことが頭から離れなくなって。でも、先輩のことを考えたり、笑顔を思い出したりすると心が温かくなって。先輩のことが好きなんだって自覚したら、とてもスッキリして」

「……そうなったのはいつから?」

「……割と早い時期です。去年のうちには、宏斗先輩への恋愛感情を自覚していました」


 愛実ちゃんが俺のいる部署に配属されたのは去年の10月。そこから長くても3ヶ月の間に、俺のことが一人の男性として好きになっていったのか。少なくとも、今年に入ってからはずっと俺の好きな気持ちを抱きながら、俺の隣で仕事をしてくれていたと。


「宏斗先輩のことが好きな社員がいる話は何度か聞いたことがありました。でも、女性と付き合っている話はおろか、噂すら聞いたことがありませんでした」

「社会人になってから何度か告白されたけど、全て断ったし、そのことを俺が誰かに話すこともなかったからね……」


 言ったところで、告白してくれた人を傷つけてしまうだけだし。


「ええ。前のプロジェクトが終わって、今のプロジェクトになっても変わらずに宏斗先輩の隣で仕事ができる。そのことにあたしはすっかりと安心しきっていました。もちろん、ミスしたりすると叱られますが、それは宏斗先輩の優しさからだというのも分かっていましたから。お昼ご飯も一緒に食べるのが当たり前で。そんな毎日が本当に愛おしく感じました。このままいけばもしかしたら……そう思っていたんです。ただ、その考えは甘いと思いました」

「……もしかして、エリカさんのことかな」

「はい。一緒に住んでいるエリカちゃんとリサちゃんがお弁当を作ったと聞いたときは、物凄くショックでした」


 だから、あのとき……愛実ちゃんはおかしくなって、その日の午後はミスを連発していたのか。きっと、俺のことばかり考えて、仕事が手に付かなかったんだろうな。


「リサちゃんは分かりませんけど、エリカちゃんは宏斗先輩と結婚したいくらいに好きだっていうじゃないですか。オープンで、宏斗先輩と気軽にスキンシップもして。何よりも宏斗先輩と一緒に住んでいる。正直、とても羨ましいです。おまけに耳としっぽがよく似合っていて可愛いですし」

「出会って早々プロポーズだったからね、エリカさんは」


 俺への好意がとても強いことや、王女として人から見られることに慣れていることもあってか、エリカさんは周りを気にするタイプではない。


「2人との仲を深めたいのもそうですけど、宏斗先輩との距離を縮めたくて……状況によっては告白もしようと考えて、旅行に行こうって誘ったんです。実際は告白できず、先輩達との旅行を楽しむだけになっちゃいましたが。でも、エリカちゃんの企んだドッキリのおかげで、宏斗先輩と一緒に眠ることができたのは凄く嬉しかったです」

「あのときは、エリカさんに負けず劣らず俺の腕をぎゅっと抱きしめていたよ」

「……そうですか」


 愛実ちゃんははにかむ。あのとき、俺の名前を呟いていたけれど、もしかしたら今みたいに俺と一緒にいる夢を見ていたのかもしれない。


「ただ、旅行で宏斗先輩との楽しい思い出を作ることができました。エリカちゃんは近くにいるけれど、あたしにもチャンスはあるはず。そう考えた矢先、今回の出張の話を聞いて。先輩と2人で行くこの出張中に告白するしかないと思いました」

「それで、こうして俺に告白してくれたわけだね」

「……はい」


 もしかしたら、愛実ちゃんの告白は、透視魔法によってエリカさんやリサさんに見られているかもしれないけれど。


「……ずっと、先輩を押し倒した状態で話していたんですね。ごめんなさい。では、本題に戻ります。あたしは宏斗先輩のことが好きです。宏斗先輩はあたしのことが好きですか? 恋人としてあたしと付き合ってくれますか?」


 すると、愛実ちゃんは体を密着させて、俺に顔を近づけてくる。さっき以上に彼女の甘い匂いを感じ、それに加えて柔らかさや温もりも。こんな状態だと、さすがに職場の後輩ではなく、3歳年下の女性にしか見えなくなる。

 愛実ちゃんからの告白。それに対してきちんと返事をしないと。


「愛実ちゃん、告白してくれたこととても嬉しかったよ。俺のことを一人の男性として好きであることも。これまでに大学や会社の人から受けた告白の中では一番グッときた」

「……気持ちを受け取ってくれて嬉しいです」

「でも、愛実ちゃんと恋人として付き合うことはできない。ごめんなさい」

「……どうしてですか? やっぱり、エリカちゃんですか?」


 愛実ちゃんは涙を浮かべた眼で俺のことを見つめてくる。俺の着る館内着をぎゅっと握り締めながら。そのことに、針が刺さったかのように鋭い痛みが走る。

 お互いのためにも、自分の想いを素直に話さないと。


「……寂しいって思ったんだ」

「えっ?」

「昨日、出張が決まったときや、家に帰ってきたとき。今日、東京駅を出発するとき……何度もエリカさんやリサさんと離れることが寂しいなって思ったんだよ。もちろん、ダイマフォンを使えばこっちからも話せるし、透視魔法を使えば2人はいつでも俺達の様子を見ることができる。2人のテレポート魔法で会いに来ることも」

「そうですね。……あっ、もしかしたら今のあたしの告白も……」


 愛実ちゃんは頬を赤くして、視線をちらつかせている。


「……かもしれないね。だから、実際はそんなに離れていないのかもしれない。それでも、仕事から帰ってきたときにエリカさんが抱きしめてくれたり、嬉しそうな顔を見ながら一緒にご飯を食べたり、一緒に寝たりすることに気持ちが温かくなって。でも、今日はそれができないことに、凄く寂しく思えたんだ。それに、今は2人の側にいて、彼女達の地球の居場所を守りたくてさ」

「……そう思うってことは、宏斗先輩は特にエリカちゃんのことが好きだってことじゃないですか? あたしも、エリカちゃんやリサちゃんと一緒に住んでいることを知って、羨ましいと思ったと同時に寂しい気持ちにもなりましたから」

「そうかもね。気付かない間に2人のことが……特にエリカさんは、俺にとって大きくて気になる存在になっているんだなって思うよ」


 それに、愛実ちゃんから告白されたとき、キュンとしたと同時に胸がチクッと痛んだから。それはきっとエリカさんのことを考えていたからだと思う。


「だから、愛実ちゃんの告白は嬉しいけれど、恋人としては付き合えない。これからも職場の先輩後輩として、エリカさんやリサさんとは友人として付き合ってくれると嬉しい。それが、愛実ちゃんの告白に対する俺からの返事だよ」

「……受け入れることに時間がかかるかもしれませんが、分かりました。返事をしてくれてありがとうございました。でも、一つだけわがままさせてください」


 愛実ちゃんは涙を流しながら、俺の頬にキスをしてきた。彼女の唇はエリカさんと同じくらいに温かく柔らかかった。


「エリカちゃんが羨ましかったので。……頬にキスするっていいですね。エリカちゃんが嬉しそうにしているのが納得できます。……もっと、宏斗先輩のことが好きになってしまいそうです」

「好きでいることで元気でいられるなら、それでいいんじゃないかな。そこは愛実ちゃんの自由だと思うよ」

「……はい」


 ようやく、普段の愛実ちゃんらしい元気な笑みを見ることができた気がする。きっと、愛実ちゃんなりに前に進むことができるんじゃないだろうか。

 自分の想いを伝えることができて、愛実ちゃんは偉いと思った。もちろん、出会ってからずっと好意を伝え続けているエリカさんも。俺も2人のことを見習わなきゃいけないな。そう思いながら、愛実ちゃんの部屋を後にするのであった。

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