第37話『西の地を2人で』

 運転を見合わせしたり、大きく遅延したりすることもなく、俺と愛実ちゃんの乗る新幹線は定刻通りに新大阪に到着した。

 午前10時過ぎに、システムを納品したお客様のビルに到着。

 昨日から対応してくれているうちの社員と一緒に、俺と愛実ちゃんは現在の状態を確認して、さっそくシステムの修正に取りかかった。


「ここが怪しいですね。挙動を確認してみましょうか。……あぁ、やっぱりここが原因でバグが起きていますね。あのときは気付かなかったな……」

「かなり早く修正する箇所を見つけることができましたね、先輩」

「昨日の連絡でどんなミスが出るのかを聞いていたし、仕様書とかを見て、だいたいの場所は絞っていたからね」

「そうなんですか。さすがです、先輩!」

「話に聞いていたとおり、凄い技術力の持ち主ですね、風見さんは」

「いえいえ。ただ、このシステムの開発に携わっていましたので、今も何とか覚えていただけですよ。他にもバグがないかどうか調べて、修正を行なっていきましょう」


 これなら今日中に修正が終わりそうかな。

 他にバグがないかどうか念入りに調べたところ、特にはなかったので先ほど見つけたバグについて修正を行なう。

 修正をした後、昨日発覚した不具合が治っているか。新たな不具合が発生しないかどうかテストをしっかりと行なった。


「よし、これで大丈夫でしょう」

「風見さん、白石さん、ありがとうございました」

「いえいえ。ミスが単純なものであったことが幸いでした。多くの機能に影響するものでもありませんでしたから。愛実ちゃんも少しは勉強になったかな」

「はい。試験は前にもやりましたが、今回も勉強になりました」

「うん。それなら良かった。では、担当の方にご報告しましょうか」


 お客様に修正が完了したことを報告し、作業が全て終わった。午後6時近くになっており、ビルを出たときには陽の光が茜色に変わり始めていた。


「今日中に終わることができましたね、先輩」

「うん。お疲れ様、愛実ちゃん。明日はゆっくり新大阪を出発して、午後に出張の報告と大阪のお土産を渡しに会社に寄るって形にしようか」

「分かりました」

「うん。もう午後6時くらいだし、とりあえずは夕ご飯を食べに行こうか。何か食べたいものはあるかな」

「大阪に来たんですから、お好み焼きを食べてみたいです!」

「おっ、いいね。じゃあ、近くのお好み焼き屋さんに行こうか」

「はい!」


 それから、俺は愛実ちゃんと一緒に、近くにある人気のお好み焼き屋さんに行く。

 ビールを呑みながら食べるお好み焼きはいいな。夏の出張ってこともあってか冷えたビールがとても美味しい。愛実ちゃんも美味しそうに食べている。

 今度、家でエリカさんやリサさんにお好み焼きを作ってみようかな。もしかしたら、今の俺達の様子を見て、彼女達も作ろうと考えているかもしれないけど。


「あぁ、美味しかったぁ」

「さすがは人気のあるお好み焼き屋さんだったね。じゃあ、ホテルに行こうか」

「はぁい!」


 愛実ちゃん、ビールを呑んで酔っ払っているからか、頬を赤くして柔らかい笑みを浮かべている。

 スマートフォンの地図アプリなどを駆使して、昨日予約したビジネスホテルに何とか到着した。

 フロントでチェックインをすると、今度は1001号室と1002号室で隣同士の部屋となった。予約したのは昨日なのに、よく隣同士の部屋を取ることができたな。


「愛実ちゃん。俺達が泊まる部屋は1001号室と1002号室なんだけど、どっちがいい?」

「う~ん……偶数が好きだから1002号室の方で」

「分かった」


 愛実ちゃんに1002号室のカードキーを渡して、俺達は10階へと向かう。


「愛実ちゃん、今日はお疲れ様」

「お疲れ様でしたぁ」

「朝食は午前7時からだそうだから、7時過ぎに1001号室の前で待ち合わせってことにしようか」

「はぁい!」

「もちろん、気軽に連絡してきていいから。一応、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 俺は1001号室へと入る。

 この前泊まった夏海シーサイドホテルほどじゃないけれど、シングルにしては立派な部屋だと思う。ベッドもふかふかなので満足だな。今回は寝るのが主だと言ってもいいくらいだから。


『出張の用事も無事に終わりました。夕ご飯も食べ終わって、ホテルに着きました。予定通り、明日に家に帰りますね』


 ダイマフォンを使って、エリカさんやリサさんにそんなメッセージを送る。透視魔法で観ているかもしれないけれど、部屋の写真を撮影してそれも送信した。

 すると、すぐに『既読2』と表示され、


『お仕事お疲れ様! 明日、帰ってくるのを待ってるよ。あと、この前みたいなドッキリはしないから安心してね』


『お仕事お疲れ様でした。今夜はゆっくりとお休みください、宏斗様』


 エリカさんとリサさんからそんな返信が届いた。ドッキリはしないと言われると逆に身構えてしまうな。ただ、リサさんもいるし大丈夫かな。

 ホテルの中で利用できるという館内着を着て、ホテル案内を見てみると、


「へえ、最上階に大浴場があるのか」


 ビジネスホテルなのに天然温泉に入ることができるのか。露天風呂もあるんだ。お客様のビルから近くて、お手頃な価格というだけで予約したから、何だか得した気分だな。部屋にあるお風呂に入ろうと思ったけど、大浴場に行くか。

 下着やバスタオル、貴重品を持って、俺はさっそく最上階にある大浴場へと向かう。

 平日の夜ということもあってか、脱衣所には全然人がいない。ゆっくりできそうなのでいいけれど。

 服を脱いで大浴場に入ると、そこはビジネスホテルとは思えないくらいの立派なものだった。こういうホテルがあるとは。

 髪と体を洗って、俺は誰もいない湯船に浸かる。


「あぁ、気持ちいい……」


 今日の疲れが取れていく感じがする。まさか、出張先のホテルでこうして脚を伸ばして湯船に浸かれるなんて。しかも、実質貸し切り状態。

 修正箇所も多くなくて、テストを含めスムーズに終わって良かった。明日はゆっくりと新大阪を離れて、出張の報告とお土産を渡すために夕方に会社に寄ればいいか。


「そういえば、露天風呂もあったんだっけ」


 そっちにも入りに行くか。

 湯船から出て、露天風呂へと向かう。外にも人がおらず貸し切り状態。

 さすがに夜で服も着ていないと、大阪も涼しく思えるな。最上階ということもあって、露天風呂に浸かりながら大阪の夜景を見ることができる。


「おおっ、これはいいなぁ」


 温泉に入りながら見る夜景もなかなかいい。愛実ちゃんも見ているのかな。エリカさんやリサさんにもこの風景を見せたかったな……と思うけど、透視魔法で一緒に見ているかもしれないな。

 温泉の効能が書いてある看板があったので見てみると、疲労や関節痛、リウマチ、冷え性などに効能があるらしい。あと、ビジネスホテルだからなのか『移動やお仕事の疲れをお取りくださいませ』と書いてある。


「これなら疲れも取れるな」


 気持ちいい温泉に入って、大阪の綺麗な夜景を見ることができて。夕ご飯も美味しかったし、出張で大阪に来たことを忘れてしまいそうだ。

 ただ、気持ち良すぎて段々と眠くなってきた。そろそろ出るか。

 そういえば。大浴場に入ってから誰とも会わなかったな。本当に貸し切り風呂を味わった感じだ。明日、早く起きることができたらもう一度入りに来よう。

 エレベーターホールに行くと、そこには、


「あれ、宏斗先輩?」

「愛実ちゃん」


 エレベーターを待っている館内着姿の愛実ちゃんがいた。ストレートの髪型を見るのは旅行以来だけれど、やっぱり印象が変わるな。


「愛実ちゃんも大浴場に入りに行っていたんだね」

「はい。ホテルの案内を見たら大浴場があると書いてあったので。お風呂に入ったらさっぱりしました。露天風呂に入ったとき、柵の向こうから先輩っぽい声が聞こえましたけど、やっぱり先輩だったんですね」

「思えば、何度か独り言を言っていたような。夜景綺麗だったよね」

「そうですね! 一緒に見たかったです」

「一緒に?」

「……え、エリカちゃんやリサちゃんと一緒にですよ!」


 愛実ちゃんは顔を真っ赤にして笑っている。旅行ではエリカさんやリサさんと一緒に楽しく温泉に入ったそうだもんな。


「……あの、宏斗先輩」

「うん?」

「先輩にお話ししたいことがあるので、この後、あたしの部屋に来てくれませんか?」

「いいよ、分かった」


 俺に話したいことって何なんだろう? あと、愛実ちゃんの部屋に行ってしまって大丈夫なのだろうか。この前は、エリカさんやリサさんと3人の部屋だから良かったものの。

 そんなことを考えるうちにエレベーターが到着し、俺は愛実ちゃんと一緒に10階に。

 俺は荷物を一旦部屋に置いて、愛実ちゃんの部屋である1002号室にお邪魔する。


「先輩。適当にくつろいでください」

「うん」


 俺はベッドに腰を下ろす。俺と同じシングルの部屋だけれど、愛実ちゃんが泊まっているからか全然違うように思えてくる。

 愛実ちゃんは俺のすぐ隣に腰を下ろした。その瞬間にボディーソープの甘い匂いがふんわりと香ってくる。


「宏斗先輩。今日はお疲れ様でした」

「愛実ちゃんもお疲れ様」

「……あたしはただ、隣で宏斗先輩の作業を見ていただけです。あんなにすぐに解決して、宏斗先輩がとてもかっこよく見えました」

「ははっ、かっこいいか」

「はい。……配属されてからずっと宏斗先輩の隣で仕事をしていますが、宏斗先輩はずっとかっこいいです。それに、優しいです。だから……」


 すると、愛実ちゃんは俺のことを押し倒して、


「宏斗先輩のことが好きです。あたしと恋人として付き合ってくれませんか」

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