第21話『先輩に告ぐ』
7月12日、金曜日。
午前6時過ぎにゆっくりと目を覚ます。ベッドにエリカさんやリサさんの姿はなかった。
寝室を出ると、リビングの灯りが点いていた。リビングに行くと、いつもと違ってリサさんだけ起きていた。
「おはようございます、宏斗様」
「おはようございます、リサさん」
「昨晩はエリカ様と私をベッドまで運んでいただきありがとうございました。午前4時過ぎに起きたのですが、ベッドで寝ていたからか結構スッキリしています。起きてすぐにお風呂に入ったのでさっぱりもしました」
「それなら良かったです」
お酒を呑んで眠ると、いつもよりもスッキリとした朝を迎えられることもある。深く眠ることができるからなのかな。
「昨日は夕食が終わってすぐにお二人が眠ってしまったので、ベッドまで運びました」
「宏斗様にはご迷惑をお掛けしました。後片付けなどもしていただいて」
「いえいえ、気にしないでください。むしろ、家事をお二人にしてもらうようになっていたので、少しでもお役に立てて嬉しいくらいです」
「そう言っていただけると、私も気持ちが軽くなります。その……酔っているときは宏斗様にかなり甘えてしまって、口調とかもおかしかったですから、そのときの思い出すと恥ずかしいですね」
そう言うと、リサさんは頬を赤くして俺のことをチラチラ見てくる。リサさんはお酒で酔っ払っているときの記憶が残るタイプなのか。あと、あのときのリサさんは普段とかなり雰囲気が違ったな。
「酔っ払って甘えてくるリサさんは可愛かったですよ」
「……そう言われるのも恥ずかしいです。でも、可愛いと言われるのは嬉しいです」
「新たな一面を見ることができた気がしました。ところで、エリカさんは今も眠っているんですか?」
「はい。たまに様子を見に行ったのですが、気持ちよく眠っています。元々、エリカ様はお酒を呑むと長く眠ってしまうんです」
「そうなんですか」
じゃあ、日曜日にお昼まで眠っていたのは普通のことだったんだ。思えば、俺が起こす直前まで気持ち良さそうに眠っていたな。
まさか、宇宙船で20年眠る前にお酒を呑んでいたりして。エリカさんならあり得そう。
「でも、そんなエリカ様を高確率で起こすことのできる方法がいくつかありますので安心してください」
「そうなんですか。さすがはリサさんですね。もし、リサさんと一緒に地球に旅立っていれば、エリカさんが20年間も眠ってしまうことはなかったでしょうね」
「ふふっ、そうかもしれませんね。朝食の用意をしますので、宏斗様は仕度をしてください」
「分かりました」
リサさんの言うように、俺は朝の仕度をする。
リサさんの作ってくれた朝食を食べている間も、エリカさんが起きてくることはなかった。
今日はリサさんが1人で作ったお弁当と、冷たい麦茶の入った水筒を受け取る。今日もお弁当を見たら、愛実ちゃんの調子が悪くなってしまうのだろうか。
起きたときに俺がいなかったら寂しいだろうということで、リサさんはエリカさんのことを起こしに行く。エリカさんを起こす方法がどんなものなのか気になって覗いてみると、リサさんはエリカさんの両脇をくすぐっていた。
「あははっ、リサったら! くすぐったいよぉ」
「おはようございます、エリカ様。昨晩はお酒を呑んだのでぐっすり眠っていましたね。宏斗様がこれから仕事に行くので起こしました」
「そうなんだ。起こしてくれてありがとう、リサ」
エリカさんはベッドから起き上がって、俺のことを見つけると嬉しそうな笑みを浮かべて駆け寄り、ぎゅっと抱きしめてくる。
「今日を乗り切ればお休みだね。頑張ってね。いってらっしゃい」
「いってらっしゃいませ、宏斗様」
「ありがとうございます。いってきます」
俺はエリカさんと頬にキスをし合って、家を出発した。
エリカさんの言うとおり、今日を乗り切れば休日に入る。しかも、来週の月曜日は祝日なので3連休だ。それだけでも気持ちが軽くなっていく。
3連休だから家でゆっくりするだけでなく、どこかに遊びに行くのもいいかもしれないな。今日の天気予報でも、週末は雨が降らないようだし。
定刻通りに電車は会社の最寄り駅に到着し、俺はオフィスへと向かう。すると、愛実ちゃんが既に出勤してきていた。
「愛実ちゃん、おはよう」
「お、おはようございます。宏斗先輩」
昨日よりは元気になっているけれど、いつもほどじゃないな。今日も彼女のことを気にかけて、休憩を多めに取らせた方が良さそうだ。
自分の席に座って、リサさんが持たせてくれた麦茶を飲む。あぁ、冷たくて美味しい。
「あの、宏斗先輩。お願いがあるのですが、聞いてもらってもいいですか?」
「どんなことかな?」
「……今日、お仕事が終わったら宏斗先輩のお家に連れて行ってください!」
真剣な表情をして、愛実ちゃんは少し大きめの声でそう言った。まだあまり人が来ていない始業前で良かったよ。こっちを見てくる人は数えるほどしかいない。
「俺の家に来たいの?」
「はい。先輩と一緒に住んでいる女性達がどんな方なのか気になって、会ってみたいなと。ただ、それだけですよ! 厭らしい意味なんてありませんから! 明日はお休みですから、一緒にお酒が呑むこともできればいいなと」
「そういうことか。エリカさんもリサさんもお酒は呑めるし、俺はいいと思うよ。それに、2人に地球人の女性の知り合いができたら心強いだろうし」
「……えっ? ち、地球人?」
愛実ちゃんはきょとんとした表情になり、首を傾げている。
「あれ、昨日のお昼に話さなかったかな。エリカさんとリサさんは、ダイマ王星っていうとても遠いところにある惑星からやってきた宇宙人なんだよ」
「えええっ!」
大きな声で愛実ちゃんが驚いたので、さすがに周りの人のほとんどがこちらの方を向いている。
俺は昨日も見せた2人の写真を愛実ちゃんに見せる。
「こんなに可愛い宇宙人がいるんですか? でも、あたし達にはない形の耳やしっぽが生えているから、地球人じゃないのか……」
「俺も最初は驚いたけれどね。まだ始業までちょっと時間もあるし、2人に愛実ちゃんが家に来てもいいかどうかメッセージを送ってみるよ。ちなみに、これはダイマフォンって言って、ダイマ王星で作られている通信機器なんだ。20年以上前に作られたんだよ」
「そうなんですか。スマホみたいなものなのに、それを20年以上前に作るなんて。凄い技術力ですね」
「愛実ちゃんも同じことを思ったか」
俺はダイマフォンを使って、エリカさんやリサさんと作ったグループトークに、
『今夜、会社の後輩の女の子を家に連れて行ってもいいですか? エリカさんとリサさんに会って、一緒にお酒を呑みたいそうです』
というメッセージを送った。すると、すぐに『既読2』と表示された。
もしかしたら、エリカさんとリサさんは透視魔法で俺と愛実ちゃんの姿を見ているかもしれない。俺は小さく手を振る。
「どうしたんですか? 手を振って」
「彼女達は透視魔法っていう力で、色々な場所の様子を見ることができるんだ。現に茶髪のエリカさんの方は、月曜日に俺と愛実ちゃんの様子を見ていたんだよ」
「そうだったんですか。何だか恥ずかしいな。あたし、宏斗先輩に迷惑かけてばっかりだから……」
「愛実ちゃんは若いし、気にしなくていいと思うよ。それに、そういったことで馬鹿にするような人達じゃないからさ」
「……随分と2人のことを分かっているようですね。さすがは一緒に住んでいるだけあるか……」
そう言うと、愛実ちゃんはなぜか寂しげな笑みを浮かべた。
――プルルッ。
ダイマフォンが鳴ったので確認すると、エリカさんとリサさんからメッセージが送信されたと通知が表示される。
『愛実ちゃんっていうのは、今、宏斗さんとお話ししている黒髪ポニーテールの女性だよね。私もどんな人なのか気になっていたから、会ってみたい!』
『宏斗様と親密な感じもしますが、いいでしょう。お待ちしています。あと、お酒は昨日、ワインと一緒にいくつか買ってありますので。』
というメッセージが送信されていた。リサさんが警戒しているようだけれど、2人とも愛実ちゃんが家に来てもいいと考えているのか。
「2人から、家に来ていいっていうメッセージが来たよ。じゃあ、今日は仕事が終わったら一緒に俺の家に帰ろうか」
「はい!」
ようやく、愛実ちゃんにいつもの元気な笑顔が戻った。
もしかしたら、昨日は俺がエリカさんやリサさんと一緒に住んでいることに衝撃を受けたのかも。これまで、妹達以外の女性のことを愛実ちゃんには話さなかったし。
それから程なくして始業時間になり、今週最後の仕事が始まる。
昨日とは違って愛実ちゃんはやる気に満ちていた。エリカさんやリサさんと会うことをとても楽しみにしているのかな。
愛実ちゃんが元気なのはとてもいいことだ。昨日の愛実ちゃんの絶不調ぶりを知っているからか、チームのみんなもほっとしているようなのであった。
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