第20話『酔う宵-メイドさんもいっしょver.-』
電車遅延でメンバーの複数人が遅れて出勤したことや、午後の愛実ちゃんの絶不調の影響で定時に終わることはできなかった。ただ、メンバーの協力もあって、残業は少しだけで済んだ。まあ、こういう日もあるか。
「愛実ちゃん、大丈夫?」
「……何とか」
はあっ、と愛実ちゃんは露骨にため息をついている。ミスなどが多かったことにガッカリしてしまっているのかもしれない。午後は休憩を多めに取らせたけれど、ミスが減ることはなかったし。
「今日みたいな日もあるよ。俺も一昨日は散々だったから。もちろん、今日のような失敗を繰り返さないっていう心掛けはした方がいいね」
「……はい。今日はすみませんでした」
「……うん。今日はゆっくりした方がいいと思うよ。あと、無理はせずに」
「分かりました」
「じゃあ、お疲れ様、愛実ちゃん」
「はい、お疲れ様でした」
最寄り駅の改札を通ったところで、愛実ちゃんと別れた。今日はゆっくり休んで、明日は元気になっているといいな。
夏川駅に向かう電車に乗り、ダイマフォンでエリカさんやリサさんに今から帰るとメッセージを送る。仕事帰りの習慣になってきたな。
そういえば、仕事中に何度か2人からメッセージが届いており、2人は買い物のついでに食品や飲み物などの調査をしたとのこと。リサさんが来る前よりも充実していそうだ。
――プルルッ。
ダイマフォンが鳴っているので確認してみると、リサさんからメッセージが。
『お仕事お疲れ様でした。今夜はオムライスを作ってみようと思います』
オムライスか。俺の好きな料理だ。実家にいる頃は妹達のために作ろうとしたけど、上手くできるまでは時間がかかったな。チキンライスを綺麗に包むことがなかなかできなかった。
リサさんはかなり料理が上手だし、オムライスも難なく作れそうなイメージだ。
どんな感じのオムライスになるのか楽しみにしながら、俺は真っ直ぐ帰宅した。
「ただいま」
「おかえりなさい! 宏斗さん!」
家に入るや否や、エリカさんがリビングから駆け寄ってきて俺のことをぎゅっと抱きしめてくる。こうしていると、家に帰ってきたんだなって安心できる。
エリカさんの匂いだけではなく、チキンライスの匂いも香ってくる。
「今、リサがオムライスを作ってくれているから、宏斗さんは着替えてきて」
「分かりました」
仕事から帰ってきたら、何もせずとも夕ご飯が出てくるなんて。本当に有り難いな。
エリカさんの言うように、俺は寝室に行って部屋着へと着替える。私服に着替えると気持ちが楽になるな。
弁当箱と水筒を持って俺はリビングへと向かう。
テーブルには3人分のオムライスが置かれていた。さすがはリサさん。どのオムライスも玉子で綺麗に包まれている。美味しそうで美しい。
「おかえりなさいませ、宏斗様」
「ただいま。そうだ、お弁当ありがとうございました。どのおかずも美味しくて満足しました。午後の仕事も頑張ることができました」
ただ、2人が作ってくれたお弁当をきっかけに、愛実ちゃんの様子がおかしくなった気もするけれど。
「それは良かったです。また明日も作りますね」
「美味しく食べてもらえて良かったよ。ところで、宏斗さん。夕食にこのお酒をしない? 今日のお買い物で気になったから買ってきたの。宏斗さん、好きかな」
エリカさんは赤ワインが入ったボトルを持っていた。オムライスには合いそうだな。
「赤ワインですか。呑んだことはありますよ。ただ、明日も仕事がありますので今回は1杯だけでいいです。エリカさんとはお酒を呑んだことはありますが、リサさんってお酒は呑まれるんですか?」
「はい。普段から、たまに女王様やエリカ様を含めた王女様達と呑みますよ。お休みのときは同僚のメイド達と一緒に、地球でいう居酒屋のようなところにも行きますし」
「そうなんですか」
やっぱり、ダイマ王星にも居酒屋のようなところがあるのか。あと、王族のメイドさんもしっかり休日があるんだな。休日に呑みに行く同僚がいるというのはいいな。
今までたまに地元や学生時代の友人が来ていたこともあって、3人分のワイングラスはある。まさか、ダイマ星人の女性達に使われるときが来るとは。
俺が持ってきたワイングラスに、リサさんが赤ワインを注いでいく。食卓にワインが注がれたグラスがあるだけで、何だか高級な食事をする気分になれる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
「いただきます。お二人の口に合うと嬉しいです」
俺はさっそくリサさんが作ってくれたオムライスを一口食べる。
「うん、美味しいです!」
「美味しいよ!」
「良かったぁ。……うん、美味しくできてる」
エリカさんはとても嬉しそうに、リサさんは安堵の笑みを浮かべながらオムライスを食べている。
チキンライスも美味しいし、たまごもふんわりしている。さすがはリサさんと言うべきだろう。
そろそろ、エリカさんとリサさんが買ってきた赤ワインを呑んでみるか。
「……うん。美味しいワインですね。オムライスにも合います」
オムライスと赤ワインは初めてだけれど、これはいい。新しい世界を見つけることができたような気がする。
ただ、ワインだからかさっそく体がポカポカしてきた。明日は仕事だしお酒はこのグラスにあるワインだけにしておかなければ。
「このワインっていう飲み物、渋味もあるけれど美味しいね、リサ」
「……ええ。とても美味で、私好みです」
エリカさんとリサさんも赤ワインに満足しているようだ。リサさんはこういった感じのお酒が好みなんだ。ゴクゴク呑んでいるよ。アルコールが回り始めたのか、2人とも頬が赤くなっている。
それにしても、ラフな格好のエリカさんはまだしも、メイド服姿のリサさんがワインを呑む風景はシュールだな。耳としっぽが生えているからか尚更。
「なぁに? 宏斗さん、リサのことばかり見て。もしかして、私よりもリサの方が好きになっちゃったの?」
「あらぁ、そうなったら禁断の恋になってしまいますね。でも、宏斗様であれば、それも悪くはないかもしれませんね。意外と誠実な方ですし、顔立ちも悪くありません」
リサさん、一昨日は俺のことを毛嫌いしていたのに。俺に気を許してくれるようになったのか。それとも、酒の力がデカいのか。
「ただ、こうした一般人の家にメイド服を着た女性がいるのって、とても非日常な感じがするなと思いまして。あと、エリカさんもそうですが耳としっぽがついていますし」
「なるほどね。宏斗さんはこの耳としっぽが好きだよね」
「猫みたいで可愛いですからね」
「……確かに、エリカ様や私の耳やしっぽは地球生命体の猫のものに似ていますね。猫ってこう鳴くんでしたっけ? にゃあ」
「今の凄く可愛かったですよ、リサさん」
耳としっぽが付いているからか、猫の鳴き真似がとても可愛らしく思える。
「にゃあにゃあ」
リサさんのことを可愛いと言ったことに嫉妬したのか、エリカさんは俺の隣の席に座って、体をすり寄せてくる。たまに背中に当たるしっぽが気持ちいい。
「オムライスを食べさせてほしいにゃあ」
「……お酒を呑むと甘えっぽくなりますね、エリカさんは。はい、あ~ん」
「あ~ん」
エリカさんにオムライスを一口食べさせる。すると、さっき以上に嬉しそうな笑みを浮かべてくる。
「ねえ、宏斗様。私にも食べさせて」
気付けば、リサさんは俺のすぐそばまで椅子を動かしており、俺のことを上目遣いで見ていた。あと、たくさんワインを呑んだからか、敬語ではなくなっている。
「分かりました。はい、あ~ん」
「あ~ん」
リサさんにオムライスを食べさせると、彼女も嬉しそうな笑みを浮かべた。どうやら、リサさんもお酒に酔うと甘えやすい性格になるのかも。そうなる兆候が口調の変化なのかもしれない。
「宏斗さんが食べさせてくれたから、私達もお礼しなきゃいけないね」
「そうだね、エリカちゃん」
エリカさんの呼び方も変わっているな。もしかして、小さい頃の呼び方だったのかな。
エリカさんとリサさんはスプーンでオムライスを取り、
「は~い、宏斗さぁん。あ~ん」
「私のも食べて、宏斗様。あ~ん」
俺にスプーンを向けてくる。一気に食わなきゃいけないのか。
俺は2人からオムライスを食べさせてもらう。同じものを食べているはずなのに、心なしか甘く感じられた。
「とっても美味しいです。ありがとうございます」
「えへへっ、良かったね、リサちゃん」
「そうだね、エリカちゃん。あと、もぐもぐ食べる宏斗様……とてもお可愛いこと」
2人とも楽しそうだ。もしかしたら、昔はお互いに食べさせ合っていたのかな。
一度だけかと思いきや、それなら何度も2人にオムライスを食べさせられてしまうのであった。ごちそうさまでした。
その後、ワインをたくさん呑んだからか、夕食が終わるとエリカさんとリサさんはリビングのソファーで眠ってしまった。2人のことを彼女達の部屋に運んで寝かせた。
後片付けを済ませた後、俺はさっとお風呂に入って、1人で寝るのであった。
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