第22話『女性3人寄れば』

 普通の週末ならともかく、滅多にない3連休が目前に迫っているので、重大な問題が発覚したり、無茶な要求が舞い込んできたりするんじゃないかと心配してしまう。

 しかし、それは杞憂に終わり、特に大きな問題もなく仕事が進んだ。今日の分の作業が早めに終わったので、終業時刻までの間にデスクを軽く掃除しておいた。うん、これで気持ち良く3連休を過ごすことができそうだ。


「6時過ぎたし、一緒に帰ろうか」

「そうですね」

「みなさん、今週もお疲れ様でした。火曜日からまたよろしくお願いします」

「お疲れ様でした! 失礼します」


 俺は愛実ちゃんと一緒に会社を後にする。ビルから出た瞬間、今週の仕事も終わったんだなと思える。雨も降っていないのでより気分がいい。

 エリカさんとリサさんに、今から愛実ちゃんと一緒に帰宅するとメッセージを送った。


「今週のお仕事も何とか終わって良かったです」

「そうだね。お互いに調子の悪い日もあったけれど、何とか修正できて良かった」

「ですね。宏斗先輩のお宅に行くのは初めてですから楽しみです!」

「そっか」


 そういえば、今の家に引っ越してから仕事関係の人を連れて来たことはなかったな。前の家では同期の男性と何度か呑んだことがあるけど。

 普段とは違って、愛実ちゃんと一緒に夏川方面に向かう電車に乗る。


「そういえば、宏斗先輩ってマンションに住んでいるんですよね。そこに可愛い女性が2人来たら、その……色々とドキドキしませんか?」

「ドキドキしないって言ったら嘘になるけれど、妹が2人いるしね。女性と一緒に住むことにそこまで抵抗はないかな。あと、全然使っていない部屋があるから、そこを2人の寝室にしているんだ」


 エリカさんやリサさんと一緒に寝たことがあるけれど、それを言ったら驚かれそうなので伏せておこう。自宅ならともかく、今は電車の中だし。


「空き部屋があるほどの家に住めるって凄いですね! 夏川市もいいところだって訊いたこともありますし。さすがは宏斗先輩だなぁ」

「運が重なってね。住宅手当も出るし。そういった部屋の事情もあって、2人のことを家で住まわせることにしたんだ。最初はリサさんと一悶着あったけれど、ようやく3人で平和に過ごせるようになってきてね」

「そうなんですね。だから、お弁当を作ってもらえるようになったと」

「あははっ、そうだね。食事を作ってくれるって嬉しいことだなって思うよ。もちろん、愛実ちゃんがこの前作ってくれた玉子焼きも。甘くて元気出たよ」

「そう言ってくれて嬉しいです。料理は勉強中なんですけど、練習を兼ねてこれからもたまにおかずを作ってきてもいいですか?」

「もちろんだよ」

「分かりました。これまで以上に頑張れそうな気がします」


 愛実ちゃんはやる気に満ちた表情をしている。彼女は確か、一人暮らしをしているんだっけ。

 そういえば、リサさんが作ってくれた今日のお弁当もとても美味しかったな。早起きして、朝ご飯と一緒に作ってくれて。栄養バランスも考えられていて有り難い限りだ。明日からは3連休だし、この連休を機に俺も家事をしていこう。

 誰かと話していると時間が経つのが早い。あっという間に夏川駅に到着した。

 リサさんが昨日お酒を買ってきており、足りなくなったら俺が近くのコンビニで買えばいいので、愛実ちゃんと一緒に真っ直ぐ帰宅する。


「ただいま」

「お、お邪魔します!」


 俺と愛実ちゃんがそう言うと、リビングの方からエプロン姿のエリカさんとリサさんが姿と現した。


「おかえり、宏斗さん!」

「おかえりなさいませ、宏斗様。こちらの方が愛実様ですね」

「は、はい! 初めまして、白石愛実といいます。今年で24歳です。宏斗先輩の会社の後輩で、先輩にはいつもお世話になっています」

「そうなのですか。初めまして、リサ・オリヴィアといいます。こちらのエリカ・ダイマ様のメイドをしております。宏斗様から聞いているかもしれませんが、とても遠いところにあるダイマ王星からやってきました」

「初めまして、エリカ・ダイマです。ダイマ王星を統一するダイマ王国の第3王女です。ざっくりと言えば、ダイマ王星との協力関係を築くきっかけを作りたいと思って地球にやってきたの。そんな中で彼に一目惚れしてね。いずれは彼と結婚したいと思っているけれど、まだ恋人にすらなってません!」


 胸を張って言うことでもない気がするけれど、エリカさん。あと、本当にざっくりと言ったな。宇宙船で20年眠ったこととか省いたぞ。

 リサさんはともかく、エリカさんの自己紹介を聞いて愛実ちゃんはどう思ったのだろうか。彼女の方を見てみると、彼女は無表情で口を開けていた。


「……一目惚れ? 結婚? 恋人?」

「地球との繋がりを作るきっかけとして、地球人と結婚するのも地球に来た目的なんだ。そんな中で俺に一目惚れしたそうだ。あまりに突然だから返事もできていないけれど。ただ、地球での居場所がないのは問題があると思って、空き部屋もあるから俺の家を提供しているんだ。俺も妹が2人いるから、女性と住むことは慣れているし」

「……な、なるほど。そういうことでしたか。理解しました。ということは、宏斗先輩とエリカさんは同居人という関係なんですね。ただ、結婚を前提に付き合う可能性はあると」

「そうなるかな」


 俺がそう言うと、愛実ちゃんは胸を撫で下ろしている。

 すると、そんな愛実ちゃんに何を思ったのか、リサさんは少し目を鋭くして、


「何ですか、その反応は。もしかして、あなたは宏斗様のことが好きなのですか?」

「ふええっ! いや、宏斗先輩のことが嫌いだと言ったら嘘になりますけど、その……」


 愛実ちゃんは顔を真っ赤にして視線をちらつかせている。


「こらっ、リサ。せっかくのお客様にそういう態度を取っちゃダメでしょ。もし好きだったとしても、それは素敵なことだしいいじゃない」

「……そうですね。エリカ様の言う通りです。ただ、愛実様も可愛らしい女性なので、宏斗様が彼女の方に気が向いてしまうかもしれないと思いまして」


 確かに、愛実ちゃんが可愛らしい女性だなと思う。ただ、年下で仕事を教えることが多いからか、妹のように感じることが時折ある。


「……ふふっ、可愛いって言ってくれるなんて嬉しいです。エリカさんやリサさんだって可愛いですよ。耳やしっぽもいいですね」


 クスクスと愛実ちゃんは楽しそうな笑みを浮かべている。そんな愛実ちゃんにつられてエリカさんも声に出して笑っていて。

 ただ、リサさんは……可愛いって言われて照れているのかな? 頬を赤くして俺達から視線を逸らしているよ。


「ありがとう、愛実ちゃん。この国の人って、私達の耳やしっぽを可愛いって言ってくれる人が多いよね」

「変な眼で見られることもありますが、割と可愛いと言ってくださる方多いですよね。耳としっぽが猫に似ているからでしょうか?」

「それもあると思いますね。何年か前に猫ブームになりましたし。ただ、耳としっぽが2人に合っているというのが一番です」

「そう言ってくれるのは嬉しいな。さあ、いつまでも玄関で話すのは何だから、どうぞ上がって」

「はい、お邪魔します」

「宏斗さんは部屋着に着替えちゃって」

「分かりました」

「今のやり取り、一緒に生活しているって感じがします。羨ま……微笑ましいですね」

「ははっ、微笑ましいか。俺は寝室で着替えてきますから、2人は愛実ちゃんのことをリビングへと通してください」


 そう言って、俺は一人で寝室に入る。

 まさか、家族以外の女性が一度に3人いるときが来るとは。ただ、エリカさんやリサさんと、愛実ちゃんは仲良くなりそうで一安心だ。

 部屋着に着替えてリビングに向かうと、食卓にはビールやサワー、日本酒などのお酒はもちろんのこと、お刺身や唐揚げ、キムチなどのおつまみもたくさん置かれていた。まるで宴会場みたいだ。


「お待たせしました。どれも美味しそうですね」

「ですよね。宏斗先輩、こちらにどうぞ」

「うん、ありがとう」


 俺は愛実ちゃんの隣の椅子に座った。正面にエリカさんがいる形だ。てっきり、エリカさんなら俺の隣の椅子に座ると思っていたので意外だった。


「宏斗先輩、まずは何を呑みますか?」

「とりあえずはビールかな」

「分かりました!」


 すると、愛実ちゃんは俺のコップにビールを注いでくれる。

 年数を重ねプロジェクトリーダーという立場もあってか、お酒を注がれることが多くなってきた。その行為に有り難く思うけれど、もっと自由でいいんじゃないかと思う。


「ありがとう、愛実ちゃん。愛実ちゃんは何を呑みたい?」

「あたしもビールにしようかなと」

「じゃあ、俺が注ぐよ」

「ありがとうございます」


 俺は愛実ちゃんのコップにビールを注ぐ。今でもやるけれど、こうしていると、新人の頃を思い出すな。ビンの向きとか、泡の比率なんかに拘る上司がいたっけ。そのことで美味さが変わるとは思わないけど。


「私もビールがいい!」

「私も呑んでみたいです」

「はーい」


 リサさんは分からないけれど、エリカさんは甘いお酒が好み。ビールがお口に合うかどうか。そんなことを考えながら、2人のコップにもビールを注いだ。


「ありがとう、宏斗さん」

「ありがとうございます、宏斗様」

「じゃあ、乾杯しようか。宏斗さん、愛実ちゃん、今週のお仕事お疲れ様でした。リサ、地球にようこそ。乾杯!」

『かんぱーい!』


 コップを軽く合わせて、ビールを一気に呑む。今週の仕事が終わったからかとても美味しい。

 こうして、地球人とダイマ星人による宴が始まるのであった。

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