初めての戦い
俺達は店の入り口へと向かっていた。
あまり距離はないはずなのにとても遠くに感じる。それに向かう足が重い。
「……見上君。 君は緊張している? 僕はとても緊張しているよ」
「そうなんですか? あんまりそう見えないですけど」
俺は片井先輩についてまだ全然知らない。それもそのはずだろう。まだ会ってからものの数時間程度の付き合いだろう。それに会話をしていた訳ではない。
そんな付き合いの俺に語れることなどほぼ皆無に等しいだろう。
それでも第一印象ぐらいは分かる。
この人はあまり動じることが無く、感情の起伏があまりない人だと思っている。
さっきの会話でも声の感じもほとんど変わっていないし、現に今もさっきと変わらない声で話しているのでこっちがビビり過ぎなのかと思ってしまうぐらいだ。
「よく言われるよ。僕には恐怖心とかそういうのが欠落してるんじゃないかってね。でもね。僕はただ上手く表現出来ないだけでさ。
今はこれまでにないぐらい心臓が動いているよ」
そう言って自嘲気味に片井先輩は笑うのだが、とても冗談にしか聞こえなかった。
ただよく見ると少し手が震えているが分かった。
「……そりゃそうですよね。俺も……正直後悔してるぐらいですもん」
「……うん。やっぱり格好つけるもんじゃないね」
「……あー、そうですね」
俺達はお互いの顔を見て笑った。
結局片井先輩も結局俺と同じような動機で少しおかしくなってしまった。
「@aduj……adv」
「@dwu」
「さて。おしゃべりはここまでのようだね」
「そうですね……」
俺はギュッと鉄パイプを握りしめる。嫌な緊張感があったが右手の痛みがなんだか緩和してくれている気がした。
片井先輩がチラッと化け物の方を見た。
「あの速度だと……真横を通るまで約5秒かな。 僕は奇襲をかけた方がいいと思うけど。 見上君は?」
「俺も賛成です」
「……それじゃあお互いに心の準備でもしようか」
片井先輩と俺は小声で喋る。そしてお互いに心の中でカウントダウンを始めた。
『5』 手から嫌という程手汗が出る。
『4』 口が今までにないぐらい乾いてくる。
『3』 鼓動がどんどん大きくなってくる。
『2』 呼吸が荒くなりそうなのを必死で抑える。
『1』 鉄パイプを力一杯握りしめる。
『0』
「「うおぉぉぉぉ!!」」
俺は化け物の頭を目掛けて思いっきり鉄パイプを振り下ろす。
片井先輩は化け物を遠くに飛ばすために野球のフルスイングのように思いっきり鉄パイプを振りかぶって化け物の腹に当てる。
──グジャ
頭を潰す嫌な感触、音。今までに味わったことの無い、吐き気がするような感覚だった。服や顔に紫の返り血を浴びる。今にも鉄パイプを落としそうになるがそれをグッと堪える。
「見上君。 あともう一体だ」
「@mnktye5twjmt!!!!」
化け物が叫びながら俺達のほうに走ってくる。そして振り上げた棍棒を頭目掛けて一直線に下ろす。
「……っ!重い……」
俺はなんとか棍棒を止めようとした。しかし、力が強すぎて一瞬止めるのが限界だった。
しかし、これで充分だった。
「……ラァァァ!!」
片井先輩が化け物の後ろに回り込み頭目掛けて鉄パイプを振り下ろす。
化け物の頭から紫色の血が飛び散る。そして頭がグチャグチャになった化け物は力なく倒れ込んだ。
俺は化け物の攻撃を防いだせいか腕が震えている。そして徐々に現実を目の当たりにする。
俺は吐いた。
「ハアハア……っ!」
このなんとも言えない、手に残る嫌な感覚。そして頭から離れない音。吐き気を誘う匂い。最後にこの状況を作ったのが……俺ということを考えると、吐き気が止まらなかった。
「見上君。 大丈夫……なわけないよね」
あれから時間はたった。……先程に比べればマシなのだが……マシというだけなのだ。
今でもまだ気持ちが悪い。
俺に声を掛けてくれた片井先輩も口調は変わらないが顔色が青く、体調が悪いと人目で分かる程だ。
「とりあえず。戻ろうか」
「……はい」
俺はこの紫色に染まった手を一刻も洗い流したい。
そう思った。
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