第8話 見舞い


 大型バイクとぶつかった響だが、幸運にも骨折は無く打撲だけで済んだ。とは言っても、大事をとって入院することになった。

 姫佳と相談した結果、能力者と戦って負傷したと言うと面倒になりそうだということで、階段上で転んで落ちたということにした。


「階段から落っこちるとか、ドジにもほどがあるぜ」


 見舞いに来た貴志がベッドの傍の丸椅子に座って安堵の表情を浮かべつつ、呆れ顔でそう指摘する。


「そう言ってると、おまえもそうなるぞ」


「いやいや無いから!氷でできた階段じゃない限り転ばないね」


 …まぁそりゃそうだ。と、響は心の中で納得する。嘘とはいえ、もうちょっとマシな理由があったのではないか。これのせいで、とってもドジなやつだと学校で思われるかもしれない。


「もう痛いから寝る。安眠の邪魔するなよ」


 響はふて腐れたように体を寝かせて布団を被る。


「へーへー。またな」


 貴志は困り笑いを浮かべつつ、立ち上がって病室を後にした。

 貴志が出ていくと再び静寂が訪れて、響は心地よい眠気に誘われる。


 コンコン


 しかし、ドアをノックする音で意識が急に戻った。今度は誰だと響がドアに視線を向けると、ドアが開いて姫佳が中に入ってきた。手には紙袋を持っている。


「具合はどう?」


「まぁまぁ」


 姫佳の問いかけに響は寝そべったまま簡素な返事をした。姫佳は丸椅子に座って紙袋からお菓子の入った箱を取り出した。


「はい。見舞いのお菓子」


 そう言って、箱を傍にあるテーブルの上に置く。


「どうしたんだよ珍しい」


 響は姫佳が見舞いの品を持ってくるなんて思いもしなかった。普段は響に対して素っ気ない態度の彼女が、今はなんだか温和な感じがする。


「あんたこそ、らしくないことしたじゃない」


 珍しいという点では、響も人のことを言えない。彼も平穏をこよなく愛する性格をしていながら、姫佳を庇う場面が幾つかあった。少年の攻撃を利用した捨て身の一撃だって、普段の響からは想像がつかないものだった。

 だが、唐突に訪れた強烈な非日常を前にして、響は何とかしたいと強く思ったのだ。


「別に悪くないと思うけどね」


 姫佳はそう告げて、口元を緩める。…なんだかいつになく彼女の表情が穏やかなので、響は恥ずかしいようなそうでないようなよくわからない気持ちに襲われて、姫佳から目を逸らした。


「でも、無茶はだめ。体は大事にしないと」


「そうだな。俺もすごく痛感してる」


 バイクにぶつかったときは無我夢中だったので痛みは感じなかったが、遅れて訪れた激痛にはやっぱり堪えた。今だってだいぶ和らいだものの、まだ痛みは残っている。


「早く良くなるといいね。じゃ、バイトに行ってくるから」


「おう。マスターによろしく」


 立ち上がってドアに向かう姫佳を目で追いながら響はそう言う。…すると、姫佳が足を止めていじわるな笑みを向けてきた。


「おドジな猪苗代が階段からずっこけて入院しましたって言っとく」


「面白そうに言うな」


 Sっ気を見せる姫佳に響は呆れ顔を浮かべる。嘘の理由なだけに変に広められるのは困る。

 そんな響を横目に、姫佳はクスッと小さく笑いながら病室を後にした。




 その頃、響に倒された少年はフラフラになりながら暗い路地裏を歩いていた。


「くそ…!くそ…!」


 少年は苛立っていた。やられた上に財布も取り返されてしまい、この上ない敗北感を味わされた。せっかく高い金を出して異能の力を手にしたというのに、今の状況は非常に不愉快だ。

 なんとしてでもこの敗北感を払拭したい―――少年の頭はそのことでいっぱいだった。


「ん?」


 その時、前方に2人の人物がいるのを目にした。1人はスラッとした体型でサングラスをかけた男、もう1人は……少年にを売った大柄な男だ。

 大柄な男は懐から札束を取り出して、そっとサングラスの男に渡そうとしていた。…その光景を見て、少年はフッとにやけた。


『金を回収できたらこの敗北感も和らぐかな…』


 すると、少年は近くにあった2つの大きなゴミ箱に触れた。

 ―――次の瞬間、ゴミ箱が少年から遠ざかるように勢いよく吹っ飛んだのだ。吹っ飛んだ2つのゴミ箱は猛スピードで2人の男に迫っていく。


「な、何だ!?」


 気付いた大柄の男は驚愕するが


 ドカッ!!


「うげっ!」


 狭い路地裏の中で避ける暇も無く無残にも直撃してしまい、そのまま地面に倒れてしまった。

 ――しかし、少年は喜ぶどころか目を疑った。もう1人の姿が…忽然と消えたのだ。


「消えた!?」


 少年が驚愕している―――その時、背後からサングラスの男が拳を振りかざし、少年の後頭部目掛けて勢いよく殴りつけた。


 ゴンッ!


 鈍い音と共に、少年は軽々と吹っ飛んで地面へと叩きつけられた。当たり所が悪かったようで、少年は簡単に意識を失ってしまった。

 サングラスの男は地面に横たわった少年の前に行って彼を見下ろす。サングラスの奥に見える目は氷のように冷たい。


「異能の力を手にした子供がいきがるのは勝手だが…、ビジネスの邪魔をするのならば消えてもらう」


 男はそう告げると、懐からサバイバルナイフを取り出して刃先を下に向けると、少年の首の真上からスッと持つ手を放した。

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