第7話 決着の一撃


 ガッシャーンとけたたましい衝撃音が鳴り、響は自転車の下敷きになってしまう。ぶつかるまでに何とか体を転がして逃げようとしたが間に合わなかった。


「うぐっ…!」


「猪苗代…!」


 姫佳はすぐに駆け寄って自転車をどかす。普通の自転車に比べてずっしりとした重さがある。当たり所が悪ければ大けがを負ってしまいかねない。響は幸いにも大きなけがはしなかったが、かなりの痛みを感じていた。

 一方、少年は攻撃が成功したにもかかわらず、物足りなそうな表情を浮かべている。


「もし立ち上がってたら直接ぶつけられたのに…。ちょっとタイミングを見誤ったかな」


 少年の言葉を聞いて、姫佳は振り向いて少年をきつく睨み付ける。この少年は相手を傷つけることにまったく罪悪感を感じていない。異能の力を今までの“仕返し”の道具にしている。


「いい加減にして。これ以上傷つけるって言うなら……容赦しないから」


 姫佳は怒気を含んだ声でそう告げると、掌を少年に向けてかざした。すると、手が先程と同じように橙色のぼやけた輝きを見せ―――


 ゴオォォォ…!!


 直後に掌の先から真っ赤な炎が放たれた。彼女の怒りを具現化したような威圧的な炎に少年はビクつき、すぐさま炎の軌道から体を横に逸らす。

 顔のすぐ横を高熱の炎が猛進していく。少年は横目で見て冷や汗を垂らした。


『クソッ…!なんでビビっちゃうんだよ…!あの生意気女を黙らせたいのに!』


 心の中で葛藤する少年。自分に歯向かってくる姫佳を打ち負かしたいという強い欲求がある中で、彼女の攻撃から逃れるのは気分が良くない。

 しかし、やはり容赦のない炎は恐い。食らってしまえば大火傷を負ってしまうだろう。なので、体がどうしても半ば反射的に逃げる方に動いてしまうのだ。


『こうなったら……、アレを…ぶつけてやる…!』


 少年は体を震わせつつもにやけて見せた。もし、勢いよく吹っ飛んできた“アレ”にぶつかったら、華奢な姫佳の体はボロボロになるだろう。容易に想像がつくその攻撃は、少年自身にも覚悟が必要だった。

 だが、彼の心はそれを咎めることなく実行を許してしまった。


「死ね…!」


 少年がそう告げると、姫佳は微かな風切音を耳にして顔を後ろに振り向けた。


「なっ…!?」


 瞬間、彼女はハッとして息を呑んだ。自分に向かって大型バイクが吹っ飛んでくるのだ。重量は自転車の比ではない上、かなりのスピードがついている。食らったらひとたまりもない。そして悪いことに、その迫りくる威圧感に姫佳は足がすくんでしまい動けなくなった。


「勝った…!」


 少年が確信の声を上げた―――次の瞬間、響が横から姫佳を押し飛ばし、自分がバイクを体に受けたのだ。

 それだけだったら、響が盾になって先に倒されただけだという少年が嘲笑う展開だったのだが―――そうはいかなかった。

 バイクを体に受けた響は、その勢いを利用して少年へと吹っ飛び、体をひねって彼の顔面を勢いよく殴ったのだ。


「ぶぎゃ!」


 少年は鼻と口から血を噴き出して無様に吹っ飛び、そのまま地面に頭を打って気を失ってしまった。

 殴った響も地面へと倒れ込み、ようやく訪れた激痛に顔を歪める。


「猪苗代!!」


 そこに心配な面持ちの姫佳が駆け寄って響の顔を窺う。


「なんであんな無茶したの!」


 響は少年を倒してくれた。…が、そのやり方が無茶すぎる。自分の体を犠牲にして攻撃するという博打をやったのだ。だから姫佳はそんな無茶をした響を叱咤した。


「…わかんね…ぇ。体が…勝手に動いた」


 響は痛みに苦しみながらも、ゆっくりとそう答え……ニッと笑みを浮かべて見せた。それはとても満足そうで、姫佳も思わず顔を綻ばせたのだった。

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