第6話 力を手にした者
余裕そうに財布を掲げて見せる少年に、響は恐れを抱いていた。彼は能力者――。自分より体格の大きい男をいとも容易く吹っ飛ばした。響が財布を取り返そうと少年に飛びかかっても、さっきと同じように吹っ飛ばされるのが目に見えている。
だから響は足が前に出なかった。確かに財布は取り返したい。…でも、それに伴うリスクがあまりにも大きい。
「いいから返してよ」
その声が聞こえた途端、響はドキッとしてしまう。それがあまりにも挑発的な言葉だったからだ。
能力者に向かってなんて命知らずな……と思ってしまいそうなことを―――姫佳がやったのだ。
彼女は前に出て一歩一歩と少年に近づいていく。彼女の目は怒っていた。もともとひ弱で虐められていたのかもしれないが、その憂さ晴らしに能力を悪用するのは許せない。
2人とも怖気づくと予想していた少年だったが、それに反する姫佳に水を差されたようで気分が悪い。当初は金さえ手に入れば良かったのだが、今はこの2人を倒したい気持ちが強くある。倒して今まで味わったことのない優越感に浸ってやるのだ。
だから自分の望みに反する行動をするこの女には特に痛い目を見てもらおう――――少年はフッとにやけた。
「威勢の良い女じゃん。来いよ!その威勢…捻り潰してやる!」
少年が目を見開いて叫ぶ。次の瞬間、響は後方に違和感を感じて振り向いた。
―――すると、後方から勢いよく植木鉢が吹っ飛んでくるのが目に入った。
「倉十危ない!!」
響は反射的に姫佳に向かって叫ぶと同時に、体を動かして姫佳を押し飛ばした。
その直後、空を切った植木鉢は急ブレーキをかけたかのように動きを止めると、重力に従って落下した。
バリンッ
地面に落ちた植木鉢は勢いよく割れ、陶器の破片と中に詰まっていた土が飛び散った。
「あーおしい…。もうちょっとでヒットしたのに」
攻撃が失敗した少年は残念そうに呟く。しかし、恐れを抱かせるには十分な効果があっただろう。植木鉢とは言え、勢いよくぶつかったらかなり危険だ。
威勢の良かった女もこれで大人しくなるだろう……と、少年は予想を立てていた―――
のだが、それはまたしても裏切られた。姫佳が立ち上がって少年をきつく睨み付けながら近づいてくるのだ。
「倉十…!おい、やめろ…!危なすぎる!」
地面に伏せたままの響は顔を上げて姫佳を止めようと声をかける。が、彼女の意志は固い。能力を悪用する少年が許せないという心はそう簡単には揺らがない。
―――次の瞬間、姫佳の右手の先が橙色のぼやけた輝きを見せ―――
ボゥッ…!
足元にあった植木鉢の苗が勢いよく燃え上がったのだ。
「なっ…!?」
突然の怪異現象に響は目を疑う。見間違いかと思って目をこすってみるが、やっぱり燃えている。姫佳の足元にあった苗が突如燃え出したのだ。
一方、少年もその光景に驚いていた。今のは自然現象ではない。明らかに異能の力によって燃えたのだ。
……そもそもおかしいと思っていた。路地裏にトラップを仕掛けておいたのに、2人はそれを突破してここに現れた。あの暗くて狭い路地裏でトラップに気付いてかわすことは困難だ。
「まさか……おまえも能力者…!」
少年は驚愕の目を姫佳に向けた。それに対し、姫佳はそのことをわかっていたかのように動揺を見せず、毅然とした態度を見せていた。
「えっ!?倉十が…!?」
だが響はそうもいかなかった。彼は目を丸くして姫佳を見つめる。普段から接していた彼女が…、いや、確かにあまり仲がいいとは言えなかったけども…、まさか能力者だったなんて信じられない。
ボワッ!!
突如、燃えていた炎が形を変えて少年に向かって襲い掛かった。
「うっ…!熱い…!」
少年は何とかかわすも、汗が噴き出るような高熱を浴びて尻込みしてしまう。
今まで優勢に立っていた少年の状況が一転して危うい。2人とも無能力者だと思っていた少年にはかなり痛い誤算だ。しかも彼女は恐らく炎を操る能力者…。このまま近距離でやり合うのは不利だ。
少年はそう判断し、ゆっくりと後ずさる。少しでも自分が有利になるように動かなくては…。
――それに何より、彼にはまだ切り札がある。
「いや…まさか早々に他の能力者に遭っちゃうなんて…。僕、まだなり立てだから不慣れなんだよねこういうの。君ももしかして…アレを使ったの?」
「アレって何?」
姫佳は少年の言葉に違和感を覚える。対して少年は、姫佳の反応を見て感心と嫉妬の目を向けてきた。
「へぇ…まさか天然?いいねぇ…。まぁ、僕ももう少し待てば発現したのかもしれないけど。限界だったし、そいつみたいな普段いきがってるクズをいたぶれるから結果良かったよね」
少年はそう言って塀の前で倒れている男を蔑むように見る。その掌を返したような態度に姫佳は嫌悪感を抱いた。
「おい!おまえさっきから何を言ってるんだよ!?アレとか天然とか!」
そこに響が口を入れてきた。少年は自分のペースで話すばかりで、響には少しも話が見えてこない。
…だが、それが少年を激昂させてしまった。
「うっせぇんだよ!!外野は黙ってろボケェ!!」
少年が激しい叫び声で響を罵った―――直後、その場に向かってあるものが勢いよく吹っ飛んできた。
――それは自転車だった。しかも電動機付きの重いものだ。吹っ飛んできた自転車は響の頭上に来るとその動きを止めた。黒い影に覆われた響はハッとして冷や汗を垂らし、ここで初めて自分がやばい状況にあることを理解する。
「あばよ」
少年は勝ち誇ったようにフッとにやけ、響の頭上を覆う自転車が落下を始めた。
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