第5話 臆病者の変貌
またしてもありえないことが起きた。何もしていないのに粘着剤が焼けた。
不可思議な現象が連続して起きるなんて……平穏を望む人間にとっては厄日と言っていいだろう。しかし、今度の現象は響を助けてくれた。
「一体どういうことだ…?他にも能力者がいるのか…?」
それでも響は素直に喜べない。次に一体どんなことが起きるのか予測がつかないからだ。
「猪苗代!それより早く財布を追わないと!」
「お、おい!」
対する姫佳は財布を追うよう響を促し、先陣切って走り出す。先に走り出した姫佳に響は戸惑うが、ここで時間を潰しても仕方がない。彼は勢いよく地を蹴って姫佳の後を追いかけた。
姫佳は走りながら周囲を見て、怪しいところがないかチェックしている。自分のものでもないのに、彼女は響以上に真剣だ。響自身も財布を取り返そうという気持ちはもちろんあるが、盗んだ人物がどういう能力者なのかという不安もあった。だから不安を恐れずに突き進む姫佳が素直に凄いと思えた。
姫佳は路地裏を抜けて1.5車線程度の人気の無い道に出た。そこに1人だけ、例の痩せ細った少年が立っていた。少年は姫佳を見るや驚いたように身震いした。
「あっ!そこの君!なんか物が飛んでこなかった?」
遅れて出てきた響が少年を見つけて声をかける。別になんてことのない質問なのだが、少年は落ち着きのない様子を見せる。
「み、見てないよ!財布なんか!」
少年はそう告げると、2人に背を向けて走り去ろうとした。
「待って!」
途端、姫佳が少年を引き止めた。
「財布だなんて言ってない。まさか、あんたが犯人?」
少年はハッとして冷や汗を垂らす。しまった…!戸惑いのあまり口走ってしまった。
「違う!」
少年は声を張り上げて逃げるように走り出した。しかし、前方からチャラついた服を着た若い男が歩いてきて、それに気付かなかった少年は肩が男の腕にぶつかってしまう。
「あぁ?」
男は不機嫌そうに眉間にしわを寄せ、少年が逃げないように後ろから襟首を掴んで引き倒した。少年は地面に倒れ込んでしまうが、間髪入れずに男が今度は前から胸ぐらを掴み上げた。
「ってぇな!どこ見て歩いてんだよこのくそガキ!鶏がらみてぇなキモいなりしやがってよぉ!」
男が目を見開いてガンを飛ばし、少年はビクついてしまう。
「放して…」
そして蚊の鳴くような声で男に乞いを入れる。
「あぁ?なんか言ったかオイ?聞こえねーんだよ!もっとでけぇ声で言え!」
イラついている男は当然それを良しとせず、少年を追いこむように高圧的に怒鳴り込む。――と
「放してって………言ってんだよ!!」
辺りに響き渡るような声で、少年が吐き捨てるように思いきり叫んだ。
――瞬間、男の体が少年から引き剥がされ、塀に向かって勢いよく吹っ飛んだ。
「うっ…!」
塀に体を強く打った男はそのまま気を失って倒れてしまった。
「なっ…!?」
突然起きた現象に響と姫佳は驚愕の色を見せる。響は少年の動きをよく見ていたからわかる。少年は手で押し倒したりはしていなかった。そもそもあの体格差で男を突き飛ばせるとは思えない。
間違いなく今のはありえない現象だ。そしてそれを引き起こした少年は――
「能力者…!」
響は冷や汗を垂らして息を呑んだ。
対する少年は吹っ飛んで簡単に気を失った男を見て乾いた笑いを見せる。
「…そうだよ。逃げてたら今までと変わらないじゃないか…。何のために能力者になったんだよ僕は」
少年は悟ったようにボソボソと呟きながらゆっくりと2人に視線を向けた。――瞬間、2人の心に戦慄が走る。臆病そうだった少年の様子がガラッと変わったのだ。
「財布…」
少年は唐突にその言葉を言い、ポケットから茶色の財布を取り出した。その見慣れた物に響は即座に反応した。
「俺の財布!」
財布を盗んだのはこの少年だったのだ。昨日カツアゲされていた被害者であるこの少年がまさか、自ら財布を盗むなんて……。
困惑する響に対し、吹っ切れたように余裕な態度を示す少年は見下すような視線を向けた。
「取り返してみろよ」
少年はそう告げ、2人に向かって財布を掲げて見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます