第2話 何もできないもどかしさ
2人が路地裏への入口を通りかかったとき、路地裏の奥から声が聞こえた。その声が聞こえなかったら当然気づかなかっただろうし、聞こえたのも偶然に過ぎなかった。
「やればぁできるじゃねぇか!」
太く威圧感のある声だ。響は通り過ぎようとしたのだが、姫佳が足をピタリと止めて路地裏に目を向けたのだ。響も姫佳を置いていくわけにはいかないので、合わせるように足を止める。そして2人は、路地裏の奥で行われていたあるやり取りを目撃してしまった。
そこには、体格の大きな男と痩せた体の少年がいた。体格の大きな男は厚みのある札束を手に持っている。
「家の金くすねて来たんで…」
少年がか細い声でそう告げる。これはカツアゲじゃないか。それも家の金を持って来させるという極めて悪質なものだ。だが、響は少年を助けるよりも、早くこの場から去った方がいいと思った。
「倉十、行くぞ」
響はささやき声で告げると、体の向きを路地裏から逸らした。
カシャ
突然のことだった。響が何だと思って姫佳に目を向けると、何と彼女がスマホでカツアゲ現場を撮ったのだ。
「あ?」
悪い事にシャッター音のせいで男が気づいてしまった。そして現場を撮られたとわかるや、青筋を浮かべて怒りの形相になった。
「何撮ってやがる!!」
「逃げるぞ!」
瞬間、響は反射的に体が動き、姫佳の手を掴んで走り出した。
「待ちやがれ!!」
男もすぐさま追いかけようとする…が
「あっ!アレ下さいよ!」
少年が慌てて呼び止める。男はイライラした様子でポケットから白い粉の入ったポリ袋を取り出し、少年に向かって投げた。
「ほらよ!」
そして男はすぐに追走を始めた。宙に投げ出されたポリ袋を少年はぎこちない動きでキャッチした。
逃走を続ける響と姫佳。走りながら響が後ろを振り向くと、やはり男が追いかけて来ている。このまま逃げきれるだろうか…。響はできるかもしれないが、姫佳の方が危うい。
「倉十!次の十字路を右だ!」
響は姫佳に逃走経路を告げる。右に曲がってしばらく走れば交番がある。そこに駆け込めばさすがに大丈夫だろう。姫佳は荒い息を吐きながら小さく頷いた。
走る事数分、前方に交番が見えてきた。響は試しにもう一度振り返ってみる…と、男の姿がなかった。交番に向かっていることを勘付かれたのだろう。何はともあれ助かった。
響は立ち止まって膝に手をつき、荒くなった息を整える。一方、姫佳も走るのをやめたが、彼女は立ち止まらずにそのまま交番へと向かっていく。
「おい、どこ行くんだ?」
「さっき撮った写真を警察に見せる」
呼び止められた姫佳は振り返ってそう告げる。
「見せてもいいが、それだけじゃ警察は動いてくれないぞ」
響は冷静に考えて言ったつもりだったが、姫佳は構わずに交番に向かって歩き出す。仕方なく響も後をついて行くことにする。
交番に入ると、合わせるように警官が奥から出てきた。
「どうしました?」
30代後半くらいの警官が用件を尋ねると、姫佳がスマホを前に掲げ、先程撮った写真を見せた。
「さっき、ここの近くで男の子がカツアゲされているところを見ました。これが証拠です」
「どれどれ…」
警官はスマホの画面に顔を近づけて写真を見る。画面には体格の大きな男と痩せた少年が写っており、男の手にはチラッと札束のようなものが見える。しかし、姫佳の予想に反して警官は難しい顔をした。
「うーん…、確かにそれっぽい写真だけども、これだけで恐喝だと判断するのは難しいねぇ。男が持ってる札束がもともと少年のものだっていう証拠もないし。こういうのは現行犯じゃないと逮捕するのは難しいからねぇ。そもそも、被害に遭った少年は?」
恐喝事件として取り上げるためには、まず被害者がいなくては話にならない。…しかし、2人は逃げてきたのだから当然被害者の少年はいない。場が悪くなった姫佳は視線を下に下げる。
「追って来た男から逃げてきたので一緒にはいません」
「被害者から話を聞かない事にはねぇ。君達が勘違いしている可能性だってあるだろ?」
「もういいです」
痺れを切らしたのか、姫佳は話の途中でそう告げると、踵を返して交番を出ていってしまった。
「あっ、すいません…」
残った響は警官に軽く詫びを入れ、姫佳を追うように交番を出た。
「だから言っただろ?」
交番を出た先にいた姫佳に向かって、案の定だという顔をする響。すると、納得いかない姫佳が尖った表情を向けてきた。
「じゃあ何?見過ごした方が良かったわけ?」
「いや…、そういうわけじゃ…」
姫佳のきつい口調に思わず返事を濁してしまったが、心の中では見過ごした方がいいに決まっていると思っていた。運よく逃げ切れたが、もし男に捕まっていたら…どうなっていただろうか。男が凶器を持っていたら?こっちは何も対抗する術がない。
今は無事だったことを幸運に思うべきだとする響だったが、姫佳の方はあいまいな態度を示す響に嫌気が差したのか、突っぱねるように歩き出した。
「もういい。じゃあ」
それだけ告げて離れていく姫佳に対し、響はため息をついて佇んでいた。
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