気づいた時には能力者

揚げパン大陸

第1話 平穏を好む少年


 少年少女は“特別”が欲しい。平凡から足を踏み越えて、飛び込むは非日常の世界。すべてが刺激的で、心の躍動が止まらない―――


 能力者。それは普通ではありえない異能の力を持つ者。どういうきっかけで発現するのかは解明されていない。ある日突然異能の力を使えるようになるのだ。

 まさに特別。得た者は退屈な日常から抜け出して、素晴らしい非日常へと繰り出していく。


「そんなん嫌だろ」


 少年――猪苗代響いなわしろひびきは乾いた表情で呟いた。紺色のブレザーに赤いネクタイというタイプの制服を着ている彼は、教室の椅子に座って、前の席で後ろ向きに座っている友人、諏訪貴志すわたかしと話をしていた。


「何言ってんだ。欲しいに決まってんだろ異能の力!」


 響と対照的に貴志は熱がこもっている。彼は前のめりになって響を説得する勢いだ。だが、響は決して魅力に思わない。彼が好きなことは食べることと寝ること。特技は立ったままでもその気になれば2分で寝れることだ。

 彼らは高校2年生。厨二の時期はとっくに過ぎているが、異能の力の存在のせいで、底知れぬ好奇心を沸き立たせている者は意外と多い。


「まったく…。相変わらず騒がしい」


 そこに、亜麻色の軽くウェーブがかったボブヘアーの女子が不機嫌そうな表情で通りかかった。彼女の名は倉十姫佳くらとひめか。女子としては平均的な身長で、今の表情は不機嫌だが、顔は結構整っている。ちなみに風紀委員を務めている。


「ほらな。怒られた」


「いいじゃん休み時間くらい。倉十だって心の中では異能の力を欲しがってんだよ」


 嘲笑う響に対し、貴志は背を向ける姫佳に目を向けて、彼女に反抗する姿勢を向ける。

 すると、それに反応した姫佳が勢いよく振り返った。


「んなわけないから!」


 彼女の剣幕に貴志は思わず気圧されてしまった。それを響は机に頬杖をついてボーっと見ていた。

 響は今の日常に何の不満も無い。朝起きて学校に行って授業を受けて、放課後はバイトに行ったり遊んだり、ダラーっと過ごしたり……。

 刺激がほしいだろうか、いやそんなことはない。――と反語の定型文を使ってしまいそうなくらいだ。貴志のように異能に憧れる輩は多いが、どうも理解に苦しむ。まぁ、十人十色、いろんな価値観があってもいいか…とも思えるから、響は寛容に受け流すのだった。


 この日も何事も無く学校が終わり、響は貴志と下校し、それぞれバイト先へと向かう。響は喫茶店でバイトをしていた。

 その喫茶店は住宅街の一角にあるのだが、レンガ調の外装に茶色い木目調の扉のなかなかおしゃれな雰囲気を持つ喫茶店だ。

 響が扉を開けると、静かな店内にマスターである40代くらいの男性ともう1人――――白いワイシャツにこげ茶色のスカートを身につけた姫佳がいた。


「おや、今日は姫ちゃんの方が早かったね」


「なんだよ…。偉く早いじゃねぇか」


 いつもはだいたい響の方が早く来るのだが、今日は珍しく彼女の方が早かった。


「今日は風紀委員の仕事がなくなったの」


 姫佳は顔を半分だけ向けてそう告げた。――実は彼女もここでバイトをしている。響の方がバイト歴は長いのだが、どういうわけか、姫佳が後から入ってきたのだ。彼女はまさか響がここでバイトしているとは思ってなかったらしい。学校でもあまり話さないから仕方ないと言えば仕方ないのだが。


「つまり平和になったってことだな」


「意味わかんないから」


 響の軽いジョークに姫佳は冷たい返事を言い放つ。こうもジョークが通じないのは勝手が悪い。もう少し寛容になってほしいものだ。


「風紀委員が忙しいのは嫌な話だろ」


「いいからさっさと着替えなさい」


 これだけ聞くと険悪な2人と捉えられても仕方ないが、いざ仕事が始まればわだかまりも無く、普通に各々仕事をこなしていく。響はマスターとコーヒーを淹れたり、軽食を作ったりし、姫佳はウェイトレスとして客の接待をする。

 いつもの通り時間が進み、いつもの通りバイトが終わる。


 バイトの帰り道は途中まで2人で一緒に帰る。かと言って会話が弾むわけでもない。この日も、響が夕飯の内容を聞いて、姫佳がそれに答えただけだ。これも日常。

 ――だが、ここからが違った。

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