18、アズールとクレイ
夏至祭は、デクロア国の王族の神事のひとつである。
巫女が夏を呼ぶ。
その日を境に季節が変わる。
太陽の眩しい本格的な夏が訪れる。
日も明けきらぬ薄闇の中、アズール王子はラリマーとノキアの二人の騎士を後ろに従えて、王城から外へ、木立を抜けて行く。
彼らを導くのは、デクロアの王騎士の若者、クレイ。
木立の途中に立てられた100本ものかがり火が、彼らの道を示している。
切り立つ岩山に続く。
かがり火の合間に、ところどころデクロアの騎士が立つ。
彼らは腰に帯刀し、弓矢も構え、ただの夏至祭にしては、物々しい緊張したものがある。
「武器はお持ちくださって結構です。会場は岩場になり、野性動物がでます。
少人数での行事なので、各人ご自分の身は守っていただきますように、、」
と、あらかじめ言われていたように、アズールはクロスボウの一式をラリマーに持たせる。ノキアは槍を持つ。
武器携帯を認める神事とは、アズール的にはあり得なかったが、デクロアの面々は大真面目のようだった。
彼自身は、使い慣れた長剣を腰に下げる。
「この森の危険な獣といえは、二番オオカミ、一番雪豹だったか?」
初めてシーアと会った時に、彼女が言っていたことを思い出しながら、先を行く騎士に言う。
その騎士も、デクロアの騎士らしく、端正で非常に整った顔立ちをしている。
ただ、彼がアズール一行に時折向ける視線は冷たい。
「よくご存じで。異国の方なのに、雪豹を知っておられるとは驚きました。
雪豹は臆病な生き物で、人を慎重に避けているために、遭遇した話はここ何年も聞かなかったのですが、つい先日、はぐれの雪豹が、里の者を襲った事件がありました。
それで少し、用心をしたほうが良いかと」
どこまでも丁寧な口調である。
人を襲うと聞いて、ラリマーは木立の奥を不気味に眺める。
「それは獰猛な獣なのか?」
「雪豹は、ま白く美しくて賢くて、誇り高くて、そして、それはそれは獰猛です。
成体なら軽く全長2メートル。
襲われた場合、人間ならひと噛みで頭の骨が砕けます。
雪豹はデクロアの建国神話に結び付いた神獣であり、心であり、如何なることがあっても狩ることは許されません。
世俗の欲望に染まらず、いつも気高く美しい。デクロア国民は意識のどこかに、雪豹を持っているといっていいでしょう。
これらの武器もただの脅し。森に返すためのものです」
その時、がざがさっと薮から何かが飛び出してくる。
灰色のオオカミだ。
ラリマーは飛び上がった。
瞬時にその手にクロスボウを構える。
「ジョン!今日は森の中にいろ!」
クレイが鋭く言った。
オオカミはクレイを見てから、アズールの差し出された手に申し訳程度に顔をすり付けて、森に帰る。
姿が完全に見えなくなって、ようやくラリマーはクロスボウの構えを解いた。
クレイは驚愕し、アズールを真っ直ぐ見た。
王子をちゃんと見るのは初めてだった。
篝火に照らされて、異国の王子は、獰猛さを内に隠している、地上に降り立った荒ぶる神のようではないか?
そんな瞬間に浮かんだ幻想を、クレイは振り払う。
彼は、国力の差にものを言わせて、デクロアの美しい娘を奪いにきた、ただの下世話な掠奪者にすぎない。
「ジョンが知らない人にすり寄るのを初めて見た!」
「ああ、一度森で彼に会っているから知り合いだ」
「そんなことが、、?」
クレイは訝しげに言う。
この男がいつジョンと会ったのか?
ジョンが心を許すのはクレイとリシアだけだ。
リシアが森に行った日は、ベルゼラの一行が入城した日だ。
クレイは思い返す。
その日、クレイとリシアは森ではぐれ、数時間後にリシアはジョンとともに戻ってきた。
やたら赤い顔をしていたのを覚えている。その時に、リシアを介してジョンはアズール王子と知り合いになったのか?
クレイの血が下がり、胸がざわざわとする。
そんなことも知らずに、ベルゼラの騎士たちはアズール王子と会話をしている。
「王子、#あの娘__・__#ともう少し話がしたいと、一国全部を巻き込んで大迷惑なことしてますが、お気にいりはお気にいりとして楽しんで、結局はお姫さまから選ばれるのでしょう?」
ラリマーがいう。
「で、アクア姫かマリン姫か、どちらになさるのですか?試験の様子をみる限り、どちらもタイプが違いすぎて、どちらを選ぶかでまったく王子や我々の人生も、変わりそうですね!」
ノキアも言う。
「マリン姫は操縦するのが大変そうだ。ベルゼラをぐちゃぐちゃにかき回しそうだ」
アズール王子は言う。
アズール王子は、強いていればひとつ年上ではあるが、落ち着いたアクア姫がいいと思っている。
アズール王子には踏みつけられて喜びを感じる趣味はない。
「では、アクア姫ですか!彼女は后として申し分がないでしょう。外交にも役にたちそうだ」
アズール王子は適当に首肯く。
アズール王子の気持ちを察して、ラリマーは付け足す。
「お気にいりの娘は、姫と別に連れて帰りますか?我らの王は泣いて喜ぶでしょう」
その考えは、アズールの頭にもよぎる。
そうなった場合でも、デクロアには文句を言わせるつもりはない。
花嫁選びは結局はベルゼラ国の国益になる選択をしなければならない。
いろんな回り道をして、アズール自身も楽しんだが、最終的には、デクロアの三人の姫のうちから選ぶことが決まっている、はっきりいって出来レースである。
ベルゼラを巻き込んだ大騒ぎになってしまったが、花嫁候補の美姫の人となりが大変よくわかった昨日であった。
アズールはそこで、ふと大事なことに気がつく。
ベルゼラ国の美姫は三人ではなかったか?
三人目の姫にアズールは会っていない。
ノーチェックだった。
「三番目の姫の名前は何て言ったかな?」
アズールはラリマーに聞く。
「リシアです」
ラリマーより早く、前をいくデクロアの騎士がいう。
声のトーンが違うことにアズールは気がつく。
この騎士は三番目の姫に好意を寄せているのかもしれなかった。
「彼女は試験に参加していたか?」
「もちろん、参加されております。
持久走しか見てませんが、ご健闘されておられました」
クレイには、リシアの額に張り付いた金茶の髪の筋も、弾んだ息づかいまでも思い出せる。
あの印象的な美しさに気がつかないベルゼラの王子は間抜けだと思う。
「デクロアの王騎士よ、名前は何という?」
アズールは聞く。
騎士と姫の恋愛などよくあることだ。
前方には、多くのかがり火が焚かれて、真昼のように明るい席が設けられていた。
もうすぐ会場だった。
ざあっと水の流れる音が聞こえる。
滝が近くにあるようだ。
「クレイと申します。アズール王子」
クレイに向かってアズール王子は言い放つ。
「好きならば、命がけで守るか奪うかすることだな!」
彼らはようやく神事の会場に到着した。
豪快な滝が目の前に現れた。
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