17、サウナ外交

デクロアには伝統的にサウナの文化がある。


公共の大きなサウナもあれば、家に備え付けた一人用の小さなものまであり、デクロア国民は総じて、週に1~2回はがっつりサウナに入らないと落ち着かない。

サウナは家族で入ったり、友人と入ったりする。

交友を深める場としてもよく使われていた。


王族のサウナは、綺麗に整えられた庭の奥にある。

家族用のこじんまりとしたものではあるが、外も内も総檜で作らせた贅沢なもので、王や王妃が招待した客とともに入ることもある。

そのような外交に利用することもある王自慢の逸品である。


リシアはサウナの木の香りが好きで、王族のなかでは一番利用頻度が高い。

これを作らせた父王に感謝である。


リシアの二人の姉も、体を清め、疲れを癒すために、今夜はサウナに入りに来ていた。

リシアはリラに様子を見にいかせて、慎重にタイミングをずらす。

今日一日、姉たちの美しさと凄さを見せつけられていた。

一日の終わりに、自分の貧相な体を晒しだすこともないと思う。


夜もどっぷり更けている。

護衛のザッツはランプを手に先をゆく。


「わたしは、ここに控えておりますのでごゆっくり、、」

ザッツは入り口を背にする。


50代のザッツはクレイとは違う、安心感がある。

リシアは中に入り、蒸気の具合を確かめた。

小さな桶に張られた水に、イランイランの蒸留したオイルを加え、そのアロマ水を部屋の隅に置かれた焼けた石に回し掛ける。


たちまち、ジュワッと音をたてて蒸気が立ち上る。

同時にふわっと香る花の香りは、リシア自身が素敵な女性であるかのような気持ちにさせてくれる。

好きな香りだった。


イランイランはデクロアでは見られない南国の花である。

リシアが姫の特権を振りかざして手にいれた唯一のものかも知れない。

今日のサウナはリシアで最後。

どんな香りで満たしても誰にも文句は言われないはずであった。



リシアは、壁に沿わせて長く据え付けられた長椅子にあぐらをかき、目を閉じた。

別に巻かなくても良いが、タオルは念のため上半身に巻く。


蒸気が呼吸器から肌から取り込まれ、全身が内側から外側から温まっていく。

普段はしない動きをしたからか、あちこち体が痛む。

ふうっと長く吐きながら疲労物質を流していく。


このところの騒ぎで、リシアはすっかり忘れてしまっていたのだが、明日は夏至祭だった。


「明日の朝は5時からよろしくね!」


と母のシシリア王妃に、持久走を終えて会場を後にしようとした時に、朗らかに言われたのだ。


ぼおっとしていると異国の男のことが繰り返し浮かぶ。それを振り払い、リシアは明日の夏至祭の自分の役割と段取りをおさらいしようとする。

明日の朝は早いので、ゆっくり覚えている暇はない。

約束の時間に起きれるかも疑問なところである。


リシアは一旦熱くなった体に水を掛けて、汗を流す。

再び、座る。


その時、外で人の声がする。

ザッツが何か言っている。


「シシリア王妃が使ってもいいと言っていたが?」


と王妃の名前を出している。

アズール王子の名前もでている。

リシアは声の主が直ぐにわかった。


外に気配。

慌ててタオルを巻き直す。

入ってきたのはアズール王子だった。

「ラリマー、なんであんたが入ってくるのよ!」

仰天して、リシアの声が裏返った!


「先客か?シーア?」

アズール王子も驚く。

「ここは王族が使うと聞いていたが、、」

「わ、わたしは、特別に許可をいただいているのよ」


アズールは入り口での男との押し問答を思う。


王族のみが使えるサウナに深夜に護衛つきで入れるシーアは、城勤めと言ってはいるが、かなり王族に近い娘なのかもしれなかった。

王族に準じる扱い、もしかして王の愛人か何かか?

ふっと浮かんだ妄想を、アズールはあわてて木っ端微塵に消し去った。

シシリア命の王からしても、娘の#初__うぶ__#さからしても、あり得ない想像だった。


「あなたが出るのを待っていると夜が空けてしまう。デクロアでも混浴の風習があるだろう?入り口に護衛?もいるようだし、何もしないから、入らせてくれ」


リシアはしっかりとタオルを巻き直す。

アズールは腰にタオルを巻き、リシアの斜め向かいに座る。


「あなたの王子は入らないの?」

サウナは正式な外交のツールとして使われる。

「、、王子は先に休んでいる。王子の代わりに入ることが許された」

そういえば王子の顔は覚えていない。

ちゃんと紹介されたかも疑問である。


ベルゼラの男たちの中で思い出すのは、この男のことばかり。

自信満々で、女はキスすれば喜ぶと思っていて、常識の枠を超える、自由な男。

女たちは彼を一人にはしないだろう。

アクア姉やマリン姉が多くの者の崇拝を集めても平然としているように、彼は女たちから好意を捧げられるのを当然とする者だろう。

リシアに向ける興味は、美人の国でありながら、そう美人でもない娘の存在が、物珍しいからに違いない。



褐色の肌、艶のある筋肉。

障害物競争のベリルのようには、ムキムキには肉をつけていない。

日頃から鍛え上げ、摂生している体だ。

戦の国の騎士とはいえ、その体には傷がないようだった。


「今日はあなたはよく頑張っていた。障害物競争の復路で、わたしを使うことを思い付いたのはあなただけだった」


それは、リシアがこの男の姿を探して、黒馬に乗る姿を目の端に捕らえていたからだ。


「あなたは合格した。次に進める」

「そう、良かった」


アズールは複雑な表情をする。

今のアズールはリシアにとっては、騎士のひとりだ。


「あなたは依然、王子の花嫁候補だ」


リシアは、なぜか自分の言う良かったの意味を説明しなければという気持ちになった。


「良かったと言ったのは、あまり無様な不合格になりたくなかったからよ?

理想は、いいところまでいって、最後の最後のことろで、選ばれなかったってところ?

り、、シーアも頑張ったね!といわれたらいいかな?」


アズールは目を丸くする。


「あなたは、複雑だな!

どうして、諦めているんだ?何がその可愛い顔を曇らせる?

森で出会ったあなたは勇ましく自由だった」


アズール王子は片手で筒を作り、片手で蓋を作った。

「瓶のなかに閉じ込められたノミは蓋の高さが限界だ」


そして、被せていた手を外した。


「そして、蓋が空いていても、外に飛び出せないと思っているんだ。本当はもっと高く飛び出せるのに」


深い夜の闇を映したような目で、異国の男はリシアを貫く。


「なぜに、あなたは飛び出そうとしない?わたしには、あなたを縛り付ける呪縛が見える」


呪縛とは姉たちへの刻まれたコンプレックスのことだ。


わたしは三番目の姫のリシアよ?

姉みたいにきれいでない?それが何か?


リシアには言えない。

言ったらさらに惨めになるだけではないか?

注目を集めても、比較され鼻であしらわれ、影で笑われるだけではないか?


何かを言い返す代わりにリシアは無言で立ちあがり、サウナ小屋から飛び出した。


「リシアさま!お待ちください!」


ザッツが慌てて追いかけてくる。

リシアはタオルを上半身に巻いたまま、走り出していた。

途中でザッツのマントにくるまれ、そのまま抱き上げられる。


「あの男が何かしましたか!」

ザッツは憤慨していた。リシアを部屋に送り届けると、引き返して殴りにいきそうな勢いである。

「違うの、わたしの痛いところを指摘され、居たたまれなくなって逃げ出しただけ、、、」


あの黒い目の男はリシアの心を裸にし、さらけ出させ、むき出しの心をぐちゃぐちゃにかき乱す。

リシアの心臓が彼を危険と訴えていたのはこのことかもしれなかった。

下手に近づけば、無傷ではいられない。

危険な男だった。





「逃げられましたね」


サウナ室を騎士のラリマーが覗く。

色事に関しては、ラリマーの知るところ百戦練磨の王子が苦戦をしているのを見て、嬉しそうだった。


アズール王子は、火照ったからだに水を掛けて冷やす。

「わたしの子猫ちゃんは一筋縄ではいかない」


「それにしても良い香りがしますね?」

ラリマーは蒸気を嗅ぐ。


リシアが香らせたイランイランは、官能を高める香り。

花嫁を寝かせる初夜のベットに散らされる花だった。



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