13、なんでもありな障害物競争

リシアの変化に気がついたのは一番上の姉、アクアだ。

アクアはリシアがどこにいるか探してくれている。

「リシア、何かあったの?大丈夫?」

しなやかな手が伸びてリシアの頬に触れた。

「少し赤い、それにちょっと腫れているのかしら、、?もしかして、先日の謹慎の時の?」


頬が紅く上気しているのは、先程のベルゼラの騎士から逃げるようにして駆けて戻ってきたからだ。

腫れているのは、数日前に父に叩かれたのだ。

すっかり腫れが引いて、痛みもない。

しかしながら、些細な痕跡が残っているのであろう。

それとも、アクアが見たのは、初めて手をあげられた時の心の傷なのかもしれない。

誰かに気づかれて指摘されたのは初めてだった。

リシアの大好きな、優しい姉。


「お姉さま、大丈夫。なんでもないの」


既に知っている取り巻きたちは、貧相なリシアには冷たい視線をいつも向けている。

リシアはアクアからそっと離れた。



午後の試験開始の時間だった。

番号の書かれたゼッケンを背中に貼られる。

アクアは1番、マリンは2番。

リシアは5番。番号が若い。

午前の試験結果の順位だろう。


一桁の数字に、リシアのゼッケンを見た娘たちは、尊敬の眼差しを送る。

だが、リシアには5番は恥ずかしいだけ。

リシアに求められていたのは3番の数字だと思うからだ。



西の宮から少し離れた広場に、試験会場が設えられていて、その全容が見えない位置に、合格者の娘たち200名は誘導された。


ベルゼラのベリルという筋肉質の大柄な騎士が、娘たちの前にでて、少し照れながらもベルゼラ語で概要を説明をする。


「午後の試験は大きく分けてふたつの要素からなる!

広場での障害物競走はチーム競走。

障害物をクリアするのに、手段は問わない!

色々要所には役立ちそうな#道具__・__#を置いているが、使っても使わなくても良い。

全員がゴールして初めてタイムと得点がでる!

後半は個人の持久力走だ。

城を一周、約4キロのタイムを計る。

4キロなんてちょろいもんだ!

そして、チーム点に個人点を加算したものが、個人の総合得点となる。

基本的には、総合点が高いものが合格。

次に進む。そして、この試験で20名ほどに絞らせてもらう予定だ」


彼も、先程リシアが逃れた黒髪の端正な騎士と同様に、肌着にピッタリしたズボンという格好で、既に土に汚れている。


胸を張っているので胸筋がボンと張りだし、視線を下げればパッツンパッツンの太ももの筋肉に視線がいってしまう。

相手を倒すために鍛えた体である。

どうだ、といわんばかりの逞しい体に、花嫁候補たちは目のやり場に困ってあちこちに視線をさ迷わせている。



リシアは首肯く。

他人との協力姿勢やリーダーシップ、個人の心肺機能をみる試験のようであった。


一次合格者の200名は、半分ずつに分けられた。さらに障害物組は5名ずつに分けられる。

リシアは障害物競争からだった。

リシアの組は、仕立て屋の看板娘の150番アリーナと、菓子屋の185番サラと、8番学校の先生と、199番の家事見習いの内気な娘だった。

リシアは自分のことを、城に仕える女官と自己紹介する。


「お互い助け合いながら頑張りましよう!」

8番の学校の先生がいう。

順番は巡る。

アクア姉はリシアたちの先にスタートしていた。

マリン姉は持久走からだ。



スタート位置に立つと全容が見える。

タイムはチームごとに個別に計る。

前方200メートルぐらい先がゴールであるが、様々な障害物が準備されていた。

手持無沙汰な数人の騎士が、邪魔にならないように黒馬を軽く走らせている。


ベリルは旗を上げ、構えた。

ベリルはリシアに気がついた。軽くウインクを寄越してくる。

「お嬢様方、健闘を祈る!」

旗が下ろされた。

一斉に走り出した。


ベルゼラの騎士が、それぞれの障害物横に控えている。メモも持って何やらチェックをしているようだった。


ひとつめの障害物は、ネットだ。

マットの上にネットが置かれていた。

リシアはこのまま上を走り抜けようと思ったが、先に学校の先生がネットをま繰り上げた。

続くリシアに声をかける。


「二人でトンネルをつくって、遅い三人を先に渡すのよ!」

命令口調が気になるが、取り立てていうほどでもない。

作られたトンネルを四つん這いではって潜り抜けた!


二つめのトラップは、くるぶしぐらいの深さに掘られて、水がはられている。160センチほどの長さだ。

既に先に進んだチームにより、土と混ざり泥水である。

リシアは軽く飛ぶ。バシャバシャと残りの4人は水に入り、どろどろになった。


三つめのトラップは、協力しなければ越えられない背丈の塀だった。

全力疾走を伴う慣れない障害物競争に、既にリシアたちはくたくたになっていた。

運動不足気味な菓子屋のサラは限界だった。


「ちょっと、185番!これぐらい頑張ってよ!」

と学校の先生に叱咤されて、しんどいやら悔しいやらでサラは今にも泣きそうだった。

199番の家事見習いの娘は、塀から降りる時に足首を捻っていた。


「もう!185に199、ぎりぎりならこっちで頑張ってもらわないといけないのに!」と、先生はいらいらをぶつけている。


リシアとアリーナは、目配せをして、リシアがサラを、アリーナは家事見習いの娘の肩を抱きかかえた。


「先に行って、トラップをみてくるわ!作戦をたてなきゃ!」

といいながら、ひとり先生は走り出した。


最後のトラップは、高いところに釣っている袋を取ることだった。

ベルゼラの騎士の一人が、にやにやしながら、長い釣りざおで釣っている。


リシアたちが追い付いたとき、先生は長い棒を持って、その釣られた袋をはたき落とそうと奮闘していた。

ひょいひょいと巧みに釣りざおを操作されて逃げられていた。

ぜいぜいと肩で息をしながら、反動でよろけている。

汗だくで必死の形相をしている。

「もう、動かさないでよ!」

とベルゼラ語で悪態までついている。


追い付いた4人には、その姿があまりに滑稽で、押さえようにも笑いを誘う。


彼らの前には様々な道具が並べられていた。なかには弓矢や、大小さまざまなボール、ムチなどあった。

アリーナが道具の中からボールをいくつか手にとり、サラと199番に手渡す。


「これで落とせるかもしれないわ!」


投げる気まんまんである。

リシアにも手渡そうとする。

リシアは制した。

もっと簡単に、高く釣られた袋を手にする方法があった。


リシアはベルゼラの騎士に向き合った。


「こんにちわ!ベルゼラの騎士!

あの袋がほしいのだけれど、降ろしてもらえないかしら?」

リシアの穏やかなお願いに、ベルゼラの騎士、ノキアは笑顔を返した。


「もちろん。喜んで!」


スッと袋がリシアの手のひらに降りてくる。

唖然とする先生を残し、わあっとアリーナたちが歓声をあげ、リシアに抱きついた!

袋の中からは、一枚の紙が出てくる。


ゴールはスタート地点


と書かれている。

「また来た道を戻れっていうの?」

流石にアリーナはげんなりした。

これはタイムを競う以前に、ゴールすることができるかどうかの問題だった。


先生は最後の課題にキッと来た道を振り返り睨み付け、気合いを高めようとしている。

色々思うところはあるとはいえ、ガッツある姿に尊敬の念さえ沸いてくる。

サラはしんどくても一人で走り、199番はアリーナとシーアと先生で順番に担いで走ればなんとか全員がゴールできそうだった。

悲壮な顔を自分はしているとアリーナは自覚をしていた。なぜなら、皆同じ顔だったからだ。

ただひとり、ブルーグレイの瞳の娘を除いて。

アリーナには時折り、波打つ金茶の髪の娘が、凛と美しく見える。

5番効果かもしれない。


「シーア、何かいい案があるの?」


「あるわ!」


日差しに金茶の髪はキラキラと眩しく輝いていた。


「ここまでがんばったんだから、帰りは楽をさせてもらいましょう」


リシアは、黒馬に乗った手持無沙汰なベルゼラの騎士に手を振り、手招いた。

一人ではなく、5人全員である。

「お嬢様方、なにかご用ですか?」

「勇猛なベルゼラの騎士たちよ。わたしたちをスタート地点に送ってくださいませんか?」

騎士たちは顔を見合わせる。

なかには、あの黒髪の美丈夫がいた。

蕩けるような笑顔をリシアに向け、彼女を引き上げた。

「もちろん!シーアさま、喜んで!」


リシアは、騎士に扮するアズール王子の馬に乗る。

リシアのチームは帰りは騎士と相乗りで馬で帰った。馬では一瞬の道のりだ。


アズール王子は、リシアを降ろす前に、誰にも気がつかれないように金茶の髪にキスをする。

気がついたのは当人のリシアだけ。


アズールが支えようと先に降りる前に、リシアは堪らず、高い黒馬の背からスタンと飛び降りる。


ゴールで待つのはシシリア王妃。

最後の姫らしからぬ所業は、リシアらしかった。

くすりと笑みが起こるのを飲み込んだ。


「はい、ゴール。お見事でした」





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