14、持久走
障害物競争を終えると、しばらく休憩ができる。
先行しているアクア姫のチームも休んでいる。
アリーナたちは泥だらけであった。
先生はなぜか全身派手に泥だらけだ。
リシアは自分の汚れをさっと落とすと、アリーナたちの腕や足の泥を落とすのを助けていた。
アリーナは、リシアが自分達ほど泥に汚れていないのに気がついた。
というより、彼女だけ綺麗なのだ。
「え?泥水に入らず飛んだからよ?」
とはいえ、リシアもレース中、肩を抱いたり、抱きついたりしたので、全くの無キズという訳ではない。
「服の泥は完全には落ちないかもしれないわねえ。染色技法で泥染めもあるぐらいだし」
リシアは袖についた乾いた泥を、ぱしっと指を弾いて落とした。
足を挫いた199番はここで、涙のリタイアをする。
リシアたちは、ひとつ前のアクア姫のグループと一緒のスタートを切る。
王城をぐるりと囲う散歩道を走り抜ける。
迷わないように、青い略礼装の王騎士も所々に立ち、指で教えてくれる。
しかも笑顔と声援つきである。
アリーナもサラも先生も、こんなに身近に王騎士を感じたことがなかった。
息を弾ませながらも、つい、見目よいデクロアの騎士を目の端で鑑賞してしまう。
ベルゼラの騎士を知って、ようやく実感したことだが、デクロア国の騎士は品があり、本当に素敵だった。
デクロアの騎士が例え、妃選びの体力テストをする側になっても、穴を掘って泥水の障害物など作ろうとは思わないだろう。
釣りざおで遊んだりしないだろう。
なぜなら、我らのデクロアの王騎士は紳士だから!
アリーナも、他の多くの合格者も、次の20名に辛うじて残れたとしても、その次の選考に残れる程、自分に実力がないかもしれないことを薄々感じてきている。
5番のシーアなら残れるかもしれないと、アリーナは思う。
彼女がいなければ、障害物競争ではゴールできず、アリーナたちは終了だったのは明白だ。
「185、頑張れ!まだ3分の1だ!」
「150番、いいぞ!」
「10番、頑張れ!遅れているぞ!」
王騎士の声援が次々飛ぶ。
だから、顔を真っ赤にして脚もお腹も痛くて、自分は無様な顔をしているであろうが、素敵な王騎士から、そんな自分だけに贈られた声援を胸に、堂々と家に帰ろうではないかと思う。
「アクアさま!応援しております!」
「アクアさま!お慕いしております!」
個人名も呼ばれていた。
アクア姫の名前を呼ぶ声には敬愛や、尊敬、崇拝といった想いが込められているのがわかる。
そのアクア姫は、少し遅れぎみになっている。
するとアリーナを見ないで、後ろのアクアを探す者たちも多い。
それはちょっと悲しい。
ゴールに近付くにつれて、だんだん人も多くなる。今日は城内は仕事にならないようだった。
「アリーナ!先に行くわ!」
余力を残していたリシアがラストスパートをかける。
一気にアリーナたちは置いていかれた。
「リシアさま!がんばれ~!」
「山猿~!」
「跳ね返りっ娘!いいぞ!!」
「リシア姫!」
「おさるちゃん!!頑張れ!」
「リ、シ、ア!リ、シ、ア!」
アリーナの前方では、三番目の姫にも一段と大きな声援が向けられていた。
多すぎて、また様々な呼び掛けられ方をしていたので、アリーナは今の今までそれがリシア姫のことを言っているのがわからなかった。
アリーナは喘ぎながら思い巡らした。
リシア姫は前方を走っているのだろうか?
そういえば、アリーナはリシア姫がこの選抜試験に参加している姿を、まだ確認していないことに気がついた。
確か16才。
参加しているはずだった。
いや、はずではない。
実際に参加している!
すぐ前方にいる!
汗が目に入ってヒリヒリした。
スパートどころか逆にペースが落ちる。
肺も心臓も脚も腕も、限界に来ていた。
既に王騎士を見る余裕は全くなくなっていた。
スタート地点がゴールだ。
アリーナは倒れ込んだ。
既にゴールした、5番のゼッケンを付けた金茶の髪の輝く笑顔の娘が、アリーナの顔にタオルを押し付けた。
不意にアリーナは悟る。
シーアが、
「リシア姫」
だ。
掠れた声しかでない。
リシアは呼び掛けられて、眉を上げ、観念する。そしてにっこり笑った。
向けられたものが幸福感を抱かずにはいられない、輝く笑顔だった。
唇をアリーナの耳に寄せる。
「まだ気がついていない人も多そうだから、このまま黙っていて頂戴!アリーナ!」
そのいたずら気な小さな囁きは、王騎士たちの大きな声援よりもアリーナには嬉しくて、その後何度も何度も思い出したのだった。
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