12、開かれた手

午前中の試験が終わる。

王城 西の宮 花の間の娘たちはぐったりと机の上に突っ伏した。

はああ、と重いため息があちこちでもれる。

最初の外国語の問題の聞き取りで、やられた感じであった。

「駄目かも、、、」

正直なところである。

周囲がざわめき、アリーナは顔をあげた。

「起立するように!」

現れたのはシシリア王妃である。


「皆さまご苦労さまです。

手応えはいかがですか?

十分な準備期間が皆さまにあったとは言えませんが、ご自分が日頃、どんなことに興味を持ち、学び、過ごしていたかが評価される試験だったのではないでしょうか?

今回はアズール王子さまのお相手を選ぶための試験でしたが、いつなんどきどんなチャンスが降ってくるかわかりません。

日々無為に過ごすことなく、ご研鑽を積まれることを、心がけてくださいね。

午後の試験はお越しくださった全員に受けていただきたいと思っておりましたが、会場の都合上、この試験の結果の合格者のみにご参加いただくことにいたします。

本日次に進めても、進めなくても気になると思いますので、午前の筆記の採点結果は後日郵送にて全員にお知らせいたしますね。

これから採点をし、集計いたします。

結果がわかるまでお時間がありますので、皆さまに簡単ではありますが、お食事をご用意いたしました。

食事の後は、13時半から発表。

不合格者は、お帰りいただきます。

合格者は、14時から体力テストになります。

まずは、お食事ですが、どなたかお手伝いしてくださいませんか?」


食事の用意もテストだった。

指示待ちなのか、率先して動くのか。

独善的なのか、協調性があるのか。

アリーナは周囲の状況を読もうとした。

シーアと名乗るリシアはいう。


「この人数じゃあぐずぐずしていると食いっぱぐれるかも。ゆっくり休みたいから先に確保にいきましょう!」


その時、頬のふっくらした大人しそうな娘がおずおずと手をあげた。アリーナの町の、菓子屋の娘のサラだった。


「シシリア王妃さま!昨日このお知らせを聞き、試験の内容はわからなかったのですけど、きっと皆、頭を使いすぎてくたくたになると思いまして、脳にエネルギー補給にいいかなと、砂糖の干菓子をお持ちいたしました。お配りして良いですか?」

手には菓子の入った大きな籠を持っている。

「まあ!砂糖菓子!それはとってもいいわ」

シシリア王妃の顔がぱっと明るくなる。

「お気遣いありがとう!うれしいわ!ぜひそうしてください」


食事は、花の間の入り口から廊下に並べられていた。サラも菓子を何ヵ所かに分けて置く。

サンドイッチとリンゴやオレンジだ。折り畳みの紙箱もある。

リシアは数を数えた。娘の数は820人。

サンドイッチは2500キレ。


「三切れずつと、フルーツひとつでいけるのではない?」

紙箱を組み立て、誰も手を付けられていない山盛りの皿からリシアは三切れのサンドイッチとフルーツを取る。

菓子は結婚祝いに添えられる祝い菓子だった。

未婚の女子に試食させ、商品を知ってもらう戦略だろう。

菓子屋の娘のサラは機を見て敏。

かなりの商売上手だとリシアは思った。


「後ろの人に、三切れとフルーツひとつと菓子ふたつって伝えて。

中に運ぶ必要はないわ!部屋を出ながら取ればいいでしょ」

リシアはさっと言う。


アリーナは妙案だと思った。

アリーナがリシアに続くと、皆が納得した様子で後に続く。後ろと真中の扉も開かれて、三つの出入り口に分かれて列ができる。

箱を組みたてて渡す役を買ってでるものもいる。

三切れとフルーツひとつが伝言されつつ、混乱もなく皆に行き渡った。


その様子を笑顔で王妃は眺めていた。



試験会場には姉たちや、リシアを知る女官たちもいる。

リシアはサンドイッチとリンゴ、干菓子をいれたお弁当箱を持って、目立たぬように外にでた。

初夏の木陰で一人で頂こうと思ったのだ。

少し離れると、女子たちの華やかで賑やかなざわめきが遠くなり、もう少し離れると消えた。

静かだった。




「シーア」


木洩れ日が遮られる。

西の宮からの散歩道から少し外れた、大きな楠木を背中に、寝てしまっていた。


「シーア」


もう一度呼ばれて、ぱちっと目が覚めた。

シーアは自分だ。

森であった男の前で自分の名前として名乗り、それから気に入って使っていたのだった。


まだ、会場でも、王子の騎士にも自分の素性を知られている様子はない。


あの二人の美姫のその下の三番目の姫は、取り立てて優れたところのない、普通なのである。

試験の隣の仕立て屋の娘のアリーナの方がよっぽど美人で美女の産地のデクロアらしかった。

姉たちと比較される人生にはもうこりごりであった。


このままただのシーアでいたかった。



目の前に覗き込むラリマー、つまりアズール王子がいた。

アズール王子はリシアの前では、騎士のラリマーと名乗っていた。


戦をして沢山の血を流させる、強いものが正義の野蛮な国の男。

それなのに、草原の匂いをさせるこの男はとても優しい目をする。


「、、 午前の試験はどうだった?」

リシアには簡単な試験であった。

あれは振り落とすための試験であって、100点を目指すものではない。

「ばっちりよ」


そう返事をすると男は嬉しそうに笑った。

リシアは不思議に思う。


「あなたはどうしてわたしの試験の結果が気になるの?

アズール王子の結婚相手を選ぶための試験でしょう?」


リシアは体を起こした。

このまま寝ていると、なんとなくまた唇を奪われそうな気がしたのだ。

そんな酔狂なやつは、異国からきたこの男しかいない。


「どうしてって、シーアは他の娘達が必死なように、この国から出てみたいとは思ったことがないのか?

アズール王子に嫁げばこの世の栄華を極めることができるかも知れないぞ!」


「他国に売られていくのは嫌だわ!」

リシアがそういうと、アズール王子は少し顔をしかめる。

意に沿わぬ結婚に反発する気持ちはよくわかる。

「それに、アズール王子は第二王子でしょう?国を継がない王子はただのスペアか災いかのどちらかだわ!」

「スペアか災い、、、ははっ。あなたは本当に面白いな」

リシアを見る。

リシアは己の心臓が危険な状況だと告げるかのように、ドキドキしだしたのに気がついた。

今日の彼は武器をもっていない。

気温は少し暑くなってきている。

肌着にパンツだ。

ところどころ土がついている。土いじりでもしていたかのようだった。

この男のどこが危険だと自分の心臓が訴えるのか、リシアにはわからない。


「手を、、」


リシアはアズールの手を取った。

武器を握る節ばった強い手だ。

危険だと告げているのに、触れたいのだ。

この矛盾にリシアは答えられない。


「この前、ガチガチだったでしょう。マッサージしてあげる」

今日は虫避けオイルを使わずに、指の腹を使った指圧のマッサージだ。

アズールは、リシアのやりたいようにやらせる。


「ここと、、ここと、ここも。固まってる」

手のひらを包むように握り開く。指も伸ばす。

「握りグセがでてるわよ。意識的に毎日開かないと丸まったまま固まってしまうわよ?」

「握りグセ!?」

「神経が休まらず、眠りも浅く疲れも残ってすっきりしなくなる」


げんこつを作り、戦うポーズを取る。

「いつも無意識にこんな感じになる」


ふいにリシアの作ったげんこつが捉えられ、にぎりこんだ手のひらを開かれた。

アズール王子の太い指が、指と指の間にするりと深く差し込まれる。

そしてそのまま、少し力を入れて握られた。


「わたしの手のひらを開いてほしい」


リシアを貫く真剣な目。

そう言ったのはアズールなのに、リシアの心が開かれた気がした。


そのままくいっと引かれる。

リシアはバランスを崩して、その手をアズールの胸についた。

黒曜石の瞳は深くて吸い込まれそうになる。

リシアは、彼の胸も早鐘を打っていることに気がついた。


「、、苦しい」

アズールは手を弛めた。

子猫は強い手からするりと抜ける。


アズールは逃げ出した背中に向かって声をかけずにはいられない。

「午後の試験は大変だぞ!ベルゼラの騎士たちが楽しんで作った。わたしはシーアを応援している。頑張れ!」


もう結果の発表の時間だった。

リシアは西の宮に走って戻る。




一次の試験で200名が残る。

仕立て屋のアリーナ、菓子屋のサラもかろうじて合格であった。


不合格者620名。

泣いて帰る娘たちも多かった。


王子の花嫁になれなかったというよりもむしろ、シシリア王妃の言うように、日頃無為に過ごしていまっていた自分が、情けなく、悔しくて、しょうがなかったのだった。


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