第二夜 人身御供 6、アラン王とシシリア王妃

予定よりも遅く、昼過ぎに城門をくぐると、城内は騒ぎになっていた。

馬で駆け抜けると、いつもの裏門の門番は、リシアとクレイに声を掛けた。


「リシアさま!早くお部屋にお戻りください!王さまが探しておられます!」


リシアは馬から飛び降りる。

朝に城から抜け出した抜道を、逆に辿る。

もう、人目も構っていられない。

城内は、強国ベルゼラからの賓客を迎える準備をしていた。


窓辺の大木から自室に戻るか、既にこの姫らしからぬ格好で堂々と戻るか迷うが、大木からリシアは戻ることにした。

その方が速い。

リシアの部屋は三階である。

弓矢は洞に隠す。


ベランダに降り立つと、そこには仁王立のデクロア国王が待っていた。

リシア専属のお付きの娘リラがはらはらと見守っている。


ベランダから王は、リシアが周囲をうかがいながら、ぺぺっと手に唾をつけると大木に手をかけて猿のように一気に駆け登る姿を見ていた。

目の前のばつの悪そうにしている娘は、姫にはとてもみえない地味な猟師が着るような格好をしている。

昨晩ベルゼラからの娘を奪いにくる知らせを持ってきた翌日の、娘の一人がまるで山猿である。


父王はかつてないほど怒っていた。

目がつり上がり、顔がひきつっている。

「お父さま、、なぜここに」


言い分けを探すようにさまよった視線に、父である王の怒りが沸き上がる。


昼食を一緒にとった二人の姉たちは、ベルゼラの王子を迎える準備を整えている。

いつもよりも心もち華やかであり美しかった。

その場にいるはずの末の娘がいなかった。


辺境の小国には差し出せる一番価値のあるものは、娘であり、その期待にそうように上の二人の娘はどこの王妃になってもいいような美しさ、賢さを供えている。

二人は自分の価値を高めることを、きちんと自覚をしている。


蝶よ花よと育ててきた三人娘であった。父親の贔屓目ではあるが、姉たちの美しさにはかなわないとはいえ、とても可愛い末の娘は、自由奔放に育て過ぎたのかもしれなかった。

王と同様に城の誰もが、元気で楽しいリシアには甘かった。皆で甘やかして育てたのかもしれなかった。


唸るように王は言う。


「お前はデクロアの姫としての自覚はないのか?」

「使者の晩餐の足しにしていただこうと、、」

最後まで聞かず、父王の平手がリシアの頬を打った。

リシアがぶっとぶ。

リラが悲鳴をあげて、リシアにすがった。

リシアが父王から手をあげられたことはなかった。

痛みよりも、ショックでリシアは声もあげられない。


「こんな慎みも自覚も足りない馬鹿な娘をデクロアの姫として出すことできない」


いずれ他国にもらわれていくことを前提に育てられていたリシアには、その言葉は勘当も同然の宣言だった。

もっとも、実際には姉たちを差し置いてもらわれていくことなどないと、リシアは思っていたのだが。


「わたしがいいというまで謹慎せよ!」

王はいい放ち、リシアの部屋をでる。

部屋の外には王妃がいた。

王妃シシリアは王のいとこであった。

3人の娘を産み、40を越えてもなお大変美しい、デクロアの宝である。


「申し訳ありません、アラン」

「あなたが謝ることはない」

王は肩越しに扉が閉まる、その隙間からみえたうなだれる末の娘をあわれにみる。

あれぐらいしないと、娘はいつまでも山猿のままかもしれないと思ったのだ。



「あの娘には、姫の枠が狭すぎるのだ。それに、リシアは昔のあなたにそっくりだとは思わないか?」

「わたしはあの子のように木を通路代わりに使ったことはありません」

「だが、よく城をわたしと抜け出しただろう?」

思い出して、くすくすとシシリア王妃は笑った。

野山を駆け巡った子供時代を王妃も過ごしている。

自分に一番似ているのは王妃からみても末の娘である。

この年頃の娘は、きっかけさえあれば、蛹が蝶に羽化するかのように美しくなるのだ。

燃え上がる恋が少女を変貌させる。

王子のアランとシシリアが秘密の恋を育んだような。

リシアはまだ恋を知らないのだと王妃は思う。



「で、本当にこのままリシアをここに謹慎させておくのですか?」

「そのつもりだ。まだあの子は若い」

王妃はそれを聞き、くすりと笑う。

「あら?わたしがあなたから結婚の申し出を受けたときは16でしたわ!」

アラン王はばつの悪そうに王妃をみる。

「それは、早くあなたをわたしのものにしておかないと、誰かに奪われそうだったからだ。あの頃も、ベルゼラのあいつが寄越せとうるさかった」

「あなたはわたしを差し出す代わりに、娘を差し出すことを約束したのよね」


アラン王はシシリア王妃を愛しくみる。

彼女を得た代償が、娘である。

それは彼女たちに生まれながらに定められた運命である。

娘が己の手を離れる。

それは自分に限らず全ての親がそうではないか?


ならば、親としては娘が愛され大事に扱われることを願うばかりである。


「そうだ。わたしはいずれ手放す娘たちが、デクロアでもデクロアでなくても、幸せになることを願っている」


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