7、謹慎
リシアはリラが用意してくれた濡れタオルを頬に当てていた。
口の中は血の味がする。
打たれた頬はひどく痛んだ。
「手をあげるなんて酷いです。わたしが引き留めるべきでした」
リラは唇を引き結び、涙目である。
「父を引き留めることはリラにはできないわ」
下手すればとばっちりを受けて仕事を失うかもしれない。
「いえ、リシアさまを引き留めるべきでした」
(ああ、わたしをね、、)
リシアはがっくりする。
リラは15才。その年で姫付きに抜擢されるほど、年の割りにはしっかりしている。
リシアは濡れタオルをひっくり返し、冷たい面を頬に押し当てる。
「ベルゼラの王子さまがくるというのに、顔を腫らした上に謹慎なんて、本当に残念です」
「残念って?」
キラキラした目でリラはいう。
「噂では、ベルゼラの王子さまは、戦にも強くて、降伏したものたちにも紳士的だとか。行く先々で女性の黄色い声が迎えるそうですって!
実は 城下の者たちも大変楽しみにしているのですよ!」
リシアは絶句する。
「楽しみって、我国を侵略する代わりに姫を寄越せっていって奪っていく、軍事力を振りかざす野蛮な国の王子が楽しみっていうの?」
リラは夢見る少女の顔をする。
「だって、異国の王子さまですよ?響きが素敵ではないですか!
デクロアには王子さまがおられませんし、あわよくば、わたしも王子さまに奪われていきたいと思う娘たちは多いのですよ。
わたしも結婚できるなら、第三夫人でもいいわ!」
リラは淡い髪色、くっきりとしたブルーの目。美女の国のデクロアに恥じない、美人に育つのが容易に想像できる少女である。
「し、知らなかったわ、そんなに楽しみにしているなんて」
「わたしの夢は、王子さまに見初められたリシアさまと一緒にベルゼラ国に行くこと!」
「それも知らなかったわ、、」
一番縁遠い自分の付き人であれば、その夢は夢で終わりそうだった。
「ごめんなさいね」
「いえ、いいんです」
だが、リラは顔をあげてにっと笑った。
「人生何があるかわかりませんし、万が一ということもありえますわ!だからリシアさまも希望を捨てないでください!!
アクアさまやマリンさまが美人で素敵だとはいえ、蓼食う虫も好きずきといいますから!」
リシアはリラなりに慰められる。
強国にしては評判の良い人道的な王子に、姉が順当にもらわれていくので良いと思うのだが、リラの興奮がリシアにも少し移る。
夕方にも着くというベルゼラ王子をみてみたいと思う。
それに、その一行には森でであった黒髪の危険な男もいる。
きっと彼は王子の一行のなかでも、やんちゃな方なのだろうと思う。一人で街道から外れて森をショートカットして渡り、狩りをするなんて、常識はずれで、リシア的には面白い。
かつ、その男は優しい目をしながら自分の唇を奪った。
森でベルゼラの男に会ったことは誰にも言っていない。
「クレイは大丈夫かしら」
ふと、自分が父王に平手打ちの罰を受けたならば、クレイはどれだけの罰を受けたのだろうかと思う。
「クレイはしばらく、リシアさま付きを外れました。王騎士の正式な職務に戻られます。代わりに別の者がリシアさまを御守りするはずです」
「なんですって!?」
途中でリラはリシアが昼食をとっていないことに気がつき、謹慎のリシアに代わり取りに行く。
窓に何かが当たりカツンと音がする。
長椅子に寝ていたリシアはベランダに寄る。
ベランダも塞がれてしまっていた。
「、、リシアさま、大丈夫でしたか?」
隣の部屋のベランダから、その声は聞こえた。クレイだった。
「わたしは大丈夫よ。それより、わたしの御守りを解かれたっていうのは本当?」
「元の王騎士に戻ります。リシアさまもあまり無茶されませんように、、」
クレイの声に辛そうな響きがあった。
「クレイ、ごめんなさい、、」
「責任を感じないでください。わたしが望んでお供していたのですから」
そして、少しクレイも楽しげにいう。
「今度、リシアさまを御守りするのはザッツです。いじめませんように、、」
ザッツは融通のきかない堅物の王騎士だ。50代だったと思う。
一番礼儀作法に五月蝿い男ではなかったか?
「わたしはクレイがいい」
沈黙。クレイは行ってしまったのだろうか、と思ったころ聞き取れないほどの小さな声で返事が来た。
「、、、ありがとう。それだけで僕は、、」
「クレイ?」
リシアはベランダ越しがじれったくなる。
ベランダの窓に貼られたテープを剥がしかける。
「リシアさま、いけませんわ!」
リラがお昼用に何かを包んで戻ってきていた。
「何か伝言があるようでしたらわたしが届けます。とにかく、大人しくしていてください!」
二時間ほど濡らしたタオルを当てていると、顔の腫れも引いていく。
リラが監視役として、リシアが自室で謹慎中のその日の夜、ベルゼラの11人の騎士と第二王子が、街道から王都に入り城下町を抜けて城内に入る。
思ったよりも遅めの王都入りであった。
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