第3話 知らない人・ザ・不審者

「さて、【忘我の粉】」

 「ッ【剛力ほうひひ】」

  「【剛力】」

   「【廃活はいはふ】!」

    「もう一丁【茨の枷】!」


決着はあっけなくついた。

 生術で呼び出した毒草の花粉で意識を奪おうとするのに対応して、茨で拘束された片割れ、詠唱を封じるために猿轡を噛ませた牛の角の蹄人フォーンの筋肉が縄のように盛り上がる。合わせるようにこちらも茨を強化、対して拘束されたもう一方、黒ローブの並人ヒームが呪術で私の生体強化を歪曲させるより先に新たな茨を生成してさらに拘束。やがて下手人たちの体からふっと力が抜ける。


「呪文使うの速すぎるっしょ……つっよ」

「キオ、油断しないで。まだ一人」


 そう、正体不明の神官らしき森人エルフが残っている。


「こいつはなんか大丈夫そうな気がするんスけど……」

「お、俺は敵じゃありません! 世界の全てを敵に回しても貴女だけは、俺……!」

「君は私の何なんだ」

「ファンです!!」


 ある意味邪教徒以上にげんなりするのが来たな。どうやって私の所在を突き止めたんだよ。怪し過ぎるだろう。表情を誤魔化すために咳払いする。


「あっ……すすすすいません。違う、俺はシタ……ヴァロニカさんの休暇を邪魔するつもりは無くて、本当ならあなっ……貴女の前に姿は現さないつもりだったんです。ただ——」


 宿を取るのに使った偽名まで知られている。つまり尾行者は2人いたのだ。私に存在を気取られる程度の奴と、こいつ。しかも尾行した事を半ば自分で明らかにしているのに少なくとも表面上は私に好意を表明してくるしキオを守る側に立って戦っていた。ぞわぞわと得体のしれない恐怖が背筋を這いあがってきた。


「いえ……ここでは誰が聞いているか分からない、場所を変えましょう。それに彼女を攫おうとした者たちをまずは警邏に引き渡さなければ……」


 私は君を突き出したいが。





*****



 ——さて。

 世界に危機が迫っていると考える者もいます。

 5人の魔王討伐者の存在、それは神代より生きる大魔導こと老アンブロエールを度外視しても近年のうちに4体の魔王が発生していたことを意味している。邪教を拝する者たちが多くの術者を犠牲に作り上げた魔王ゲド、魔王サイレンフォイル。古代王の墳墓の罠から発生した魔王ファーガスニーフ。そして発生原因不明、魔王クネロキオ。強さや人類に与えた被害の程度に差はあれど、有史以来10体程度しか観測されていない魔王のうちのこれは異常な割合と言えるでしょう。とはいえ。

 大抵の人々にとって、魔王が討たれたというのはいいニュースです。いわんやそれを成したのが地元では評判の見目も麗しい実力派冒険者とくれば、ですよ。


 サイレンフォイルの住民を前に、地下迷宮から戻った大騎士ハイトネットは宣言しました。新たな魔王討伐者の誕生、猫魔導ノーシュ・ユユと占術師ミナトゥ・ニーニア、そして氷の棺で眠るシタン・ネルサこそが苦闘の末に魔王を討ち果たしたのだと。

 ええ、その時俺は思いました。やっぱりシタンさんはすごい人だった。それも俺たちが想像するよりずっととんでもない人だったんだって。普通なら星6の冒険者如きが魔王討伐の立役者だなんてほとほと疑うとこでしょうが、なんせシタンさんですからね。彼女ならあるいは、って気持ちだった人は多いと思います。多分隣にいるよそ者の猫人シャパルと銀髪の並人ヒームもすごいんだろうけど——猫魔導とか初めて見ましたし——でもウチのシタンさんが一番すごかったに決まってる。

 氷の中の彼女は全身に酷い火傷を負っていて、特に手足などはほとんど炭化しているように見えました。あぁ、シタンさん……痛ましい姿になってしまって……。こんなことならもっと早く彼女に俺の思いを伝えておけば良かった。魔王討伐の報に沸いた興奮は冷め、俺はさめざめと泣きました。


「あぁ待て、シタンは生きてる。俺らの面子にこいつを治せる奴が居なかったからハイトネットが仮死状態にしたんだ」


 いつの間にか現れていた無精髭の蹄人フォーン、ルストーヴェさんの言葉に呆然とする俺。

 ……え? 生きてる?

 後から知ったことなんですけど、シタンさんを除く魔王攻略のパーティと続いて迷宮に入ったハイトネットさんのパーティの中に一人も回復が出来る人間が居なかったから仕方なく氷漬けにして運び出したという事らしいです。内魔力的にもめちゃくちゃ酷い状態だったけどそっちはハイトネットさんが直したらしいとも。

 そうなると後は神官である僕の出番なわけで。ルストーヴェさんの目がこちらを向きました。


「てめぇがなんとかしろ、イェル」


「えぇっ!? シッ……シタンさんの体に僕の魔力を注いで、いいい癒していいの!? ですか???」


「……すげぇキモいなお前。やめとくわ。コーマ頼んだ」「あいよ」


「待っ——」


 言い終わる前に顎を揺らされて地面に転がってましたね。真面目な話してんだよ、という声が聞こえたんですが俺だって真面目にシタンさんとそういう事したいと思ってて……いやいや、何の話でしたっけ。そうそう、千載一遇のチャンスを棒に振った俺はルストーヴェさんと懇意の猫人シャパル——コーマさんが神妙な顔でシタンさんの治療に当たるのをかろうじて認識しながらぐわんぐわん揺れる視界の中で意識を失ったのです。


 ともかく、シタンさんはそんなになる程の無茶をしてまでサイレンフォイル都市を守ってくれたわけですよ。いや、もうなんか感動っていうか、街を挙げてのお祭り騒ぎっていうか、もうどこに行ってもシタンさんの話してるんですよね。同行してた占術師の女の子、事細かにシタンさんがどう戦ったかを語ってくれるもんだから冒険者どもにもみくちゃにされてましたよ。俺の見立てではあの子もシタンさんに夢中ですね。同好の士としてなかなか見所を感じたんですけどその子に擦り寄る輩には傍付きっぽい猫魔道がすげー目ぇ光らせてて怖かったので話しかけるのは見送っちゃいました。

 っていうかそう、そうですよ。語られる戦いぶりからいよいよシタンさん、公称してるより高いレベルの持ち主なのが間違いないんですよね。シタン・ネルサがサイレンフォイル3人目の達人であることはこれまでも半ば公然の秘密だったんですけど、すごくないですか? 飄々として実力をひけらかさないのに有事には人知れず脅威と戦っていて——王核レガリアを魔王から奪い取ってレベル8! いつの間にかサイレンフォイル最強の存在になってるなんて。かっこいい! マジかっこいいですよ!!

 そんなこんなで復調したシタンさんしばらくどこの店でも飲み食いタダだったんですが、彼女が来ると周りが騒いで宴会みたいになるので2度目くらいから既にちょっとウザそうにしてましたね。俺はそういうの気づけるファンなんで安易にシタンさんに絡みに行ったりしないんですよ。同じ屋根の下の空気吸ってるだけで幸せっていうか、後方でひっそり見守るスタイル? みたいな? これ気づいてない人多いですけどシタンさんって孤高の人なんですよね。迷宮に潜るときも基本的にソロですしワイワイやるのとかちょっと違うだろうと。俺としてはそういう彼女の流儀を尊重したいなって思ってるんです。だからシタンさんのことを俺の気配で煩わせずに影から見守る事が出来るように、シタンさんに対してだけは完璧に機能する隠形を死ぬ気で身に着けたんです。自分でも何でそんなことが出来たのか分かりませんが……愛ですかね?

 いえ、そうなんですよ。だからぽっと出のすごい弱そうな冒険者が成り行きというか流れというか……そういうアレをいい事にシタンさんとぶらり温泉デートなんてしてたら弁えるよう注意するのも先達の義務かなってそう思って……。





*****




「長いしキモい」


 キオがバッサリいった。ついでに翼でビンタ。私も始めは大騎士様に(脳内で)キャーキャー言ってるミーハー女としてあまり強くは出られないかもと思って聞いていたのだが、正直同感だし鳥肌が凄い。っていうか誰? 彼は私のことをどれ程までに知っているのだろうか。話を聞くにリザとの手紙のやり取りまでは知られていないようだけど……。


「ってか初対面の人間をぽっと出の雑魚扱いするなッス。お姉さんの前で常に気配を消してたならお前の方がぽっと出ッスよオラッ」

「へぶぅ!」

「お姉さん、悪かったッスね自意識過剰とか言って。こういう悪質なストーカーがいる以上当然の備えッス。」

「ああうん、私も驚いてるよ……」

「も、申し遅れました。俺はサイレンフォイルの冒険者で、神官のイェル・デーチと言います」

「うーん」


 怪しい。対私に特化した隠形というのが極めつけにうさん臭く、単にこいつが今見えてる以上にめちゃくちゃ強いだけなんじゃないかとも思える。けど嘘をつくならもう少しまともなのを用意するよなぁ普通。イェルという名もサイレンフォイルで聞いた覚えが無いではない。偽名を使っているという線は残るが。


「初めてこんなに近くでシタンさんを……美人すぎる…………。シタンさんが俺の目の前に……いかん、動悸が……」

「いやまあ何でもいいけど君気持ち悪すぎるから私を付け回すのをやめてサイレンフォイルに帰ってくれない?」


 キオを助けてくれた人にこういうことを言うのは心苦しいが、私の秘密にこれ以上食い込まれるのはまずいのでこういった言葉を投げかけざるを得ない。

 ……9割くらいは本心も混じっているので少し食い気味になってしまった。


「………………」


 イェル青年は微笑んだまま無言だ。キオが彼の長い耳をつつく。反応はない。


「気絶してるッスね」


 置いてこっか。


 私はひとまずその場を離れて真面目な話をすることにした。

 邪教徒を撒くため、イェル青年を撒くため。お互い宿を変えたいということは共通していたので、荷物を回収して二人で部屋を借りる。

 さて、どう切り出したものか。

 現在、2つ並べた布団にべたっと座り込んでいる状態である。


「えっと、話したくなかったら良いんだけど」

「じゃあ何も聞くなッス」


 手厳しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中身のない冒険者な私と、レガリア アサガミ @Sogo2618

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ