第2話 身内面三連星

 夕陽も沈む頃合、星空と領内に張り巡らされた魔力燈の灯りがマキャデーを照らす中、私の前を塞ぐように胡散臭い笑顔の森人エルフが現れたッス。


「……今日は美形に縁でもある日なんスかね」

「警告を与えに来たんですよ。あなたは少々、やり過ぎでしたからね」

「っは。何のことやらサッパリ」

「とぼけないでくださいよ」


 軽口にも反応しない優男は苛立たしげに私の言葉を遮るけど、本当に心当たりが無い。ただ無事に済まないという予感だけが、漠然と鎌首をもたげてくる。


「何が目的ッスか」


 さっきからずっと逃げる隙を伺ってるんスけど、そいつは私の細かな動きを見逃さずに視線で牽制して来る。強い、私よりずっと。


「言っているでしょう、警告だと。俺たちに大事なのは第一に——弁えることです。慎みと言い換えてもいい、貴女は……失敬、話は後だ」


 訳のわからないことをまくし立てていた男は急にポーチから取り出した釘を3方向に投げたッス。同時に踵で勢い良く大地を踏みつけて——。


「【結界】!」


 衝突。透明な壁に阻まれた新たな襲撃者——筋骨隆々な蹄人フォーンの拳が阻まれたッス、しかしそいつもその場では引き下がらずに何らかの呪文を唱えると、開いた掌を回転させて結界を破壊!


「はぁ!?」

「くっ、大地のエレメント……【剛力】使いの格闘家という訳ですか、何の用があって——」

「悪いがその嬢ちゃんに先に目をつけたのは俺らでなあ。抜け駆けは良くないぜ」


 どういう事ッスか?


「……どういう事です?」


 優男が筋肉に応じた。お前も分からんのかい。


「あの、私襲っても金とか持ってないッスよ。胸も小さいし」

「盗掘屋キオ、歳はおおよそ16だが出自不明のスラム育ちで判然としない。レベルは3。獲物は爪とナイフ」

「人違いッス」


 大男に対し、私と森人エルフの優男が身構える。いや、こいつなんでちょっと味方みたくなってるんスか。お前は得体の知れない不審者のままッスよ、とも言えない剣呑な雰囲気の中で蹄人フォーンが口を開く。


「何、俺ぁ嬢ちゃんの味方だよ」

「味方……ッスか? はぁ」


 何なんスかさっきから。私には家族も仲間もいないし、2人もの手練れに身内面される謂れは無いんスけど。こいつらがやりあってる間に上手い具合に帰れねッスかね。


「なぁ、世界を間違っていると感じることはねぇか」

「そんなの——」


 そんなの、いつだってそうだ。けど初対面の男に知ったような顔をされるのは腹が立ったッス。


「真面目に身辺掘ったところで、さっき言ったプロフィールが嬢ちゃんの全て。隠されてるわけじゃねぇ、なんも無いのさ。親が分からないから苗字もない。足元がおぼつかない不安、俺もそうだった」


 予想外にカチンと来ることを言ってくる奴。


 それでも何も返すことが出来ないのは、きっと図星を指されているからッス。

 強さか。智慧か。手に職をつけられる一芸、帰る家、或いは恋人か。何か1つでもあればきっと、遺跡漁りなどやってはいないッスから。


「まぁ、何が目当てかは言っておこう。嬢ちゃん相手には誠実に行きたいからな。お前が駆けずり回って集めた山岳遺跡の情報が欲しいんだ」

「そんなの、渡すわけ……」

「分かるぜ。お前は求めている——依拠するもの、誇りと言ってもいい。お前が遺跡に拘って偏執的に情報を集めたのは、そこでなら自分を自分たらしめる宝を見つけられるかもしれないと考えているからだ。だがどうかな。ヨダ遺跡で盗掘やってるのはお前だけじゃない。他の道筋が欲しいと思わないか?」


 この不躾な男を怒鳴りつけたかった。掠れた息だけが漏れる。なぜこれ程までに内心を見透かされるのか。

 理解できてしまう、同じだったんだ。目の前にいるこの男も。


 そして多分、こいつは見つけてしまった。


「依って立つものなら俺たちが用意する。嬢ちゃんは俺たちと同じ誇りを抱き、俺たちと同じ理想に生きればいい。天空神の教えは俺たちを救っちゃくれないだろ? だから——」

「ゼルムの使途を前にして」


 優男の目がすっと細まる。腰のポーチから勢い良く釘を引き抜いた。


「邪教への勧誘を行うとは、随分と舐められたものですね」


 邪教徒。

 禁忌の呪法による混沌を望み、神代の終わりにかき消えた悪魔神ディシェナを信奉する者たち。彼らの一員に迎え入れられることは、中央府の定める秩序と逆行して世界の敵となる事を意味している。

 でもそれ以上に名も知れぬ蹄人フォーンの提案は魅力的な物に思えたッス。私の成果物に価値を認めている。私の心を理解しようとしている。


 ——今は何者でもない私に居場所を与えようとしている。



「……何を言うかと思えば、彼女に何も無いですって? 芯となるものが? それは間違いですよ。貴方の齎す誘惑に、彼女が屈することなどありえません」

「えっ、そうなんスか?」


 この優男、急に意味の分からんことを言い出したぞ。

 いや、自分で言うのもなんですけど結構揺らいでたんじゃないかと……まあ変な横槍で少し冷静になったんスけどそれはともかく、お前はお前で私の何を知ってるんスか。


「言っときますけどねえ! 俺だったら浴衣のシ……ゲフンゲフン! さんと一日デートできたらそれを心の支えに何だって出来ますからね!! 誇っていいんですよ!」

「はぁ?」

「ふひゅっ……思い出したら興奮してきた……。何だよあの眼鏡、美人丸出しかよ。困るわ…………」


 えぇ……そういう事だったの? あまりにも自信満々に言い切るかと何かと思ったらかなりろくでもない方向に期待裏切られたんだけど他になんかないんスか。こう、実は私はとある王族の落胤で、謀略から逃れるために市井へと逃がされたとかそういう目くるめくメルヘンとロマンスが始まりそうな感じの。

 ってかなんスか。お姉さんのストーカーかなんかッスかこいつ。警告ってのもそういうアレだったんスか。私をストーカーの同類に見ないで欲しいッスけど。

 まあいいか。


「悪いけど、反社会勢力への加入はお断りさせてもらうッス。ここまで自力でやってきたんスから、ご褒美も自分で見つけられた方が美味しいッス」

「……そうか、残念だ」


 その続きを言われるより先に飛び上がって逃げようとする私を追って大地から大男の生術による荊が伸びる、のを優男の投擲した釘が破裂させる。

 逃げる——ここから。後のことは後で考えよう。そう思っているはずなのに、翼がどんどん重くなっていく。意識が朦朧として、顔が火照って来たような……。

 落下する先には杖を構えた黒いローブの女が1人。なんスか。また新キャラッスか。いやそれより、魔法攻撃は人体に直接作用しない筈じゃあ……混濁する意識を手放しかけて——。


「まずい——【解呪】!」


 優男の声。


「へっ、隙ありぃ!」


 マッチョの声。

 鈍い音。


「ぐえっ」

「トァンハン!」


 マッチョと誰かの声……あれ?


 私を柔らかに抱きとめる感触。

 目を瞬かす。大男とローブの女が宙を舞っている。


「……遅い……ッスよ」


 硬木の杖が輝いて、茨が2人の邪教徒を締め上げた。

 優男が呆然としている。


「ごめんね。最初、状況が分からなくて」


 そりゃ仕方ないッスね。

 金の髪が頬を撫でて、見上げれば青い瞳。シタン・ネルサが立っていた。


「私の友達に手を出す奴は誰かな?」


 お前も勝手に友達面するなッス。








「あと君は本当に誰?」


 優男がこの世の終わりのような顔でうな垂れたッス。知らない人なんスね……。

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