第1話 マキャデー観光案内

「さて、痛むよ——【再生】」

「ちょ待っ……心の準いったフムググググ! !!!!!」


 間一髪で助けることができた。

 ジタバタする少女を蔦で押さえつけて治療を施しながら、私は安堵の溜息を吐く。

 涙目でこちらを睨む翼人ハーピィの女の子は名をキオというらしい。翼も瞳もショートの髪も混じり気のない漆黒。もともと翼人のために生まれたという袖の広い東方の服は平時ならよく似合っているという感想が来るのだろうが、今は石の床を引きずられたせいで擦り切れて汚れていた。

 彼女は翼から独立している第3指までの爪を器用に使って水筒を開けて口内を潤す。まだ少し体が震えている。


「……礼を言うッス。あそこでお姉さんに助けてもらえなきゃ十中百くらいは死んでたッスからね」


 そう言うとキオは長い鉤爪でポリポリと頭を掻いた。


「それは僥倖。道順を横着した甲斐もあったという物だ」


 なんでも本来あのレベルの敵がこの区画を訪れることはないそうだ。既視感デジャヴュ——いや、ヨダ山岳遺跡は魔物の版図というわけではないのでサイレンフォイルのように魔王が生まれている線は薄いのだけれど。

 精霊犬タロンを呼び出して警戒を任せると、キオと私は廃墟の物陰に身を隠した。


「ところでキオ。君はこの辺りには詳しいのかい?」

「……ええ、まぁ。そのつもりでしたよ。さっき自信なくなったッスけど」

「十分。お礼はするからマキャデー高原都市まで案内してくれない?」


 そう言うと彼女はぱちくりと目を瞬かせた。私がマキャデーから来た探索者だと思っていたのだろう。

 否、マキャデー都市は私の目的地だ。山脈を迂回するのを億劫がって山を越えてきた。お陰で現地のダンジョンの端を横切ることになってしまったのだが。


「山の向こうから来たんスか? お姉さん、一体何者……」

「これは失礼。名乗っていなかったね」


 つば広帽の向きを直すと、鞘から引き抜いた剣を地面に突き立てる。大地を突き破って現れた無数の茨は背後へと迫っていた錬金兵ゴーレム達の装甲を貫いた。次いで縒り合わさった茨を割って緑色の肌をした女性型の精霊が現れる。6つ星の召喚、茨の精ダグレクシア

 ぱちりと指を鳴らす。同時、侵入した蔦によって内燃機関を破壊された物言わぬ兵士たちのシルエットが崩れ落ちた。


「西域辺境の独立都市、サイレンフォイルの召喚師。シタン・ネルサだ」


 何かの拍子に名前を聞いたことがあるのだろう、黒翼の翼人ハーピィは目を丸くしている。

 有名になってしまったものだ。私は変装用に持ってきた真鍮フレームの丸眼鏡をかけると、少女に向かってばつ悪げに舌を出した。


「お忍びなんだ。秘密にしてね」




*****



 場所は変わって、マキャデー高原都市。


「さっきの錬金兵ゴーレムのこと、冒険者ギルドに報告しておこうか」


 7つ星の刻まれたプレートを見せるだけでも話は聞いてもらえた。キオがヨダ遺跡について調べ回っていたのもそこそこ知られていたらしく、マキャデーのギルドでは『ヨダ遺跡の探索者は思わぬ強敵に遭遇する可能性があるので普段以上に注意深く事に当たるべし』との警告が掲示板に貼り出される事となった。


「そういえばヨダ遺跡で魔物の核ってあんまり取れないと思うんだけど、ここの冒険者はどうやって日銭を稼ぐんだい?」

「考古学だかなんだかの為に盗掘品を国が買い上げてるんスよ。自分はそれ目当てッスね。錬金兵は壊すと土に戻っちまいますが、その際結構な純度の鉄鋼が残ることがあって、それもマキャデーの冒険者たちの大きな収入源ッス」


 そう言うと、彼女は背嚢からいくつかの金属塊を取り出してカウンターに置く。


「買い取って欲しいッス」


 それ私が倒したやつだよな。


「持ってきたのは私ッスよ」


 いいけどね。中央からの褒賞のおかげでお金困ってないし。


 傷んだ服を買い替えるキオに同行した私はゆったりとした東方の衣服に袖を通し、今は街角の足湯に漬かっている。足元からじんわりと染み渡る心地よい熱にほう、と溜め息が漏れた。気持ちいい。


「なぁる、魔王退治でお金が入った英雄サマが日々の疲れを癒しに温泉旅行って訳ッスか」

「こらこら。素性が割れそうな会話はよしてよ」


 もう一月も前になるだろうが、一応新聞に肖像が載ったはずなので髪型を変えて眼鏡で軽い変装をしているし、荷物を預けてある宿を取るのにも『ヴァロニカ・マニバス』という偽名を使っている。本名を名乗った相手は道案内を頼んだキオくらいだ。


「自意識過剰じゃないッスかね」

「そうかもね。地元の奴らにちょっとはしゃがれ過ぎたから、その延長でこそこそしちゃう」


 キオは話しやすい相手だった。フランクに直截で私の素性を知っても頓着しない。危ないところを助けられた礼だと言って温泉街の案内を買って出てくれた彼女は長いあしゆびを湯から引き抜くとぐにぐにと揉み解して伸びをした。


「んんーなんかお腹空いて来たっすね。おっ、あんな所に酵豆餅の屋台があるッスよ。探索に失敗して懐が寂しいカラス女にご馳走してくれる優しいお姉さんはどっかに居ませんかねぇ」

「はは、たかるなたかるな」


 さっきそこそこ稼いでたでしょうが。


 まあ奢った。キオはべったりとタレの塗られた扁平な串餅を美味そうに頬張っている。だが一方で、彼女は常にわずかな警戒を周囲へと向けて居た。もちろん単純戦力として彼女を大きく上回る私にも矛先は向いて居たが、それ以上にこれから訪れるかもしれない何かを恐れているように感じられる。

 これあんま気づきたくなかったな。内なる私が格好つけられる気配を感じてうずうずしている。静まりなさい。


「何か不安なことがあるのかい?」


 駄目でした。大丈夫、私はもうそこらへんの有象無象ではない。世界に100人ほどしか居ない達人の1人なのだ。そう心の中で唱えてみるのだが、他ならぬミナトゥ主従と私が魔王と相打ちできたと言う事実がその思考に釘を刺す。強さというものが額面通りに当てになるかも条件次第だ。


「ん、ピリピリしてたッスか私。マキャデーも冒険都市ッスからね、観光地の割には治安が良くないッス。最近は邪教徒の出入りもあるっぽくて、それで気を張ってるのかも」


 身構えていたタイプの返答ではなかったが邪教徒とはまた不穏な話だ。哨戒圏を外れて行動していたという錬金兵ゴーレムが脳裏を過ぎった。嫌な符号。

 自分の串餅を齧る。慣れない味だが何だかんだ山歩きでお腹が減ってるのでぎっしりと噛み応えのある食感がありがたい。


「このまま何事もないといいけどなあ」

「ッスねー」


 その後は適当に2人で景色がいいとことか霊験あらたかな滝とか崖に掘られたでっかいセグァ・スー神像とかの観光スポットを巡りつつご当地の珍味を食べ歩いたり温泉に浸かったりした。時折私の顔を見て『どこかで見たような……』といった呟きあるいは表情をする人もいたが、まあ概ね平和だったと言える。


「いや〜ごちそうになって悪いッスねえ!」


 道連れを欲しがったのは私なので諸々の費用が私持ちになる事にも特に抵抗はない。

 夕陽の差し込む温泉のロビーでキオがケラケラと笑っていた。果汁の混ざった牛乳を勢いよく飲んで、ぷはぁーと息を吐き出す。


「美味しそうだねそれ」

「お姉さんは胸おっきいッスね」


 急になんだ。


「私も翼人ハーピィの中では大きい方なんスよ」

「急になんだ」


 人種が混交するサイレンフォイルを根城にする私は断言するが、普通に嘘だ。どうでもいいけど。


「いや、まぁ何でもないッス。今日は楽しかったッスよ」


 ……これも嘘な気がした。


 根拠はないが、多分私はそんなに彼女に好かれていない。好かれていないと思ったから観光案内めいた事を任せたとも言える。貧乏そうだし食べ物で釣れるかなみたいなとこもあった。あんまり褒められた話ではないが。


「そろそろ解散しましょう。じゃあねッス」


 そう言うと彼女はひらひらと翼を振って帰っていった。


「……私も楽しかったよ」


 土産売り場で硬木の登山杖を買って、生術で形を整える。魔力が外世界を改変する補助となるように。イメージの欠落を埋め、魂の延長と出来るように。


 私たちの後を尾ける気配に気付いたのは2公刻ハラほど前だ。

 私の正体を知った上で尾けるならもう少しマシな人材を使うだろう。隠形の達人——例えばルストーヴェなら私が気配を捉えることは極めて困難だ。というか多分無理。

 だからきっと尾行者の狙いはキオだ。私と別れるのを待っていた。


「だから、助けてあげる」






————————————————————



[キオ]

盗掘屋

レベル:☆☆☆

主な技能:【鍵開け】【加速】【炎の矢】【投擲術】

翼人ハーピィの少女。価値あるものを求めるトレジャーハンター。苗字はない。

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