終章 戦のあと(裏)

 ミナトゥ達は惜別とともにカナント猫王国へと帰還し、大騎士様も本拠へ帰ってしまった。まあ、あまり近くに彼が居ても心臓が保たないと思っていたところだ。残念だなんて思ってない。


 魔王討伐以来冒険者やら何やらにやたらと絡まれるようになって少し辟易した私は、軽い変装をして裏通りのバー、『スーの尻尾亭』を訪れていた。穴場である。まず人がいない。人がいないので店主も世間の噂話に疎く、私に今まで通りに接してくる。そしてまあ、料理も特別美味くはないが食えない程でもない。酒はまずい。閑散としている主な理由であろう。うん、穴場ではないな。


 私たちが魔王討伐者となったあの事件、気になっていることがある。

 ……あの時、私たちは魔王に敗北している筈だった。私たち3人の力は及ばず、ラシュランは捕らえられ、そして。


 思索に耽る私の隣の席ががたんと鳴り、山羊角の蹄人フォーンが腰を下ろす。


「ルストーヴェか、今までどこに居たんだ? 君にもお礼を言いたかったんだけど、なかなか捕まらなくてね」


「まあ、少々ゴミ掃除をな」


 いや怖いわ。

 暗殺者はそう言うと麦酒を煽り顔をしかめる。


「フフ。ここでアルコールを頼むなんてね」


「何なんだよこの店はよ……まぁいい。俺がてめえを捜してたのは後ろのそいつの依頼だ」


 ルストーヴェに付いてきたらしい小柄な人影がてくてくと歩み寄り、私を挟んで反対側の席についた。

 褐色の肌の幼女である。幼女がこんな馴れ馴れしい距離につけてくる理由に心当たりはないが、あろうことかそいつは更に馴れ馴れしく話しかけて来た。


「なぁシタンとやら。あの奇ッ怪な猫……魔王か。巷では魔王サイレンフォイル等と呼ばれておるようじゃ。全く嘆かわしい、そう思わんか。サイレンフォイルは儂の名じゃ。貴様ら人間がそう名付けたんじゃろ? のう」


「!?」


 なんて?

 いくらポーカーフェイスが得意な私でもさすがに絶句。大蜘蛛サイレンフォイル? こいつが?

 地下迷宮25層、大蜘蛛の死骸を、私たちは確かに見たはずだ。


「ああ、この躰か? 殺された時の備えじゃよ。そういう魔法を覚えてあった。見た目はどうでも良かったが、何、存外あれが良かったものでな」


 あれって何だろう。

 また顔に出ていただろうか、サイレンフォイルと名乗った幼女が信じられないといった様子で赤面する。


「なっ……覚えておらんのか? 儂の初めてを奪っておいて——」


「あー!」


 その反応で合点がいった。憑依されたミナトゥとのベロチューか! いやなんなんだよこいつ、乙女か。


「いや、あれは緊急の措置だよ。ノーカン」


「貴様ァ!」


「うるせぇ、何の話だ」


 褐色幼女語りて曰く、予め自分の死骸から肉体を再構成する屍術を用いていたのだという。ただ、思ったより完膚無きまでに肉体を破壊されてしまったので使える部分が少なすぎてこんなにちっこくなってしまったと。


「殺される事があるとしたら相手は人間じゃと思っておったからな。儂、油断」


「冒険者ギルドはサイレンフォイルのボスを殺す気なんてないよ。食物連鎖の下層にいる虫たちの、あぶれて上に登ってきた連中。そいつらが利潤の大半を生むんだ。ダンジョンを潰すような真似をするもんか」


「そんな折に貴様らが通りかかったからあの女を乗っ取ろうとしたわけよ、弱そうじゃったが、今のこの体よりマシじゃとな」


「じゃあ、魔王との戦いで加勢に現れた虫たちって——」


「儂の差し金じゃ。いや。感謝しておるぞ。お陰であの余所者を蹴り出せた。その礼を言いに来たんじゃ、わざわざ人間風情にな」


「律儀だなぁ。っていうか魔王化したラグドゥよりよっぽど賢いよね。何年生きてんの?」


「正確には分からんが、多分ざっと500年くらいじゃろうな。敬えよ、年長者なんじゃから」


 その後、大蜘蛛改め幼女サイレンフォイルは散々カフェインで酔っ払った末に私の唇を奪って帰っていった。幼女の器に押し込められても普通に力が強い。しかしあの見た目の子供が泥酔していても店主が口を出してこないのはいくら何でも客の裁量を信じすぎではないだろうか。なぜ潰れないのかも含めて、不思議な店である。




 まあ援軍の謎は解けた。利害関係の一致した彼女(?)が、魔王を倒すチャンスとばかりにあの場に派兵してくれたという事である。だが、気になることはもう一つある。大騎士様の相棒が私をいたく心配していたらしいという話についてだ。


 いや、心当たりはある。最初はさっぱり思い浮かばなかったが、ある日唐突に可能性が浮かんだのだ……が、そんな偶然が存在するだろうか。


 懐から先日届いた手紙を引っ張り出す。






~~~~~~~~~~


ネルネルへ


ハロハロ、いかがお過ごしですか〜。

リザは乾燥が苦手なのですが、最近ちょっと湿度の低い地域に遠征してた関係でお肌が荒れちゃったり。

彼には相変わらず告白できていませんが、直近の冒険では彼との強い絆を再確認できましたし、頭を近付けたら撫でてくれるようになりました。進展!


さて、本題です。


ぶったまげたんですが、ネルネルの住んでるサイレンフォイルで魔王が出たらしいですね。こちらでも結構な話題になってます。大きな被害がなかったって聞くまでお姉さんはそれはもう心配しました。

冒険者ってどれだけ安全側で動いてるつもりでも基本的に死と隣り合わせな職業です。こういう事があるたびに思い出すよね。


何が言いたいのかっていうとあんまり危ない事しないでねってとこです。お互いに長生きして末永く手紙のやり取りをしましょう。


あなたの友達 リザ






~~~~~~~~~~




 いや、まさかな。

 私は苦笑してかぶりを振る。


 思えばあの日、占術師の少女と猫魔導とが現れてからいろいろな事があった。こんなにも私に染み付いた習性を呪わしく思った事はなかったが、様々な幸運に見舞われてまだ生きている。


 王核レガリアの力を取り込んだ事で、レベルが7に上昇した。以前より体が軽い。

 達人位。言外に吐き続けた嘘はいつの間にか本当になっていた。実感は、あまり無いけれど。


 大召喚師シタン・ネルサか。これはまた分不相応な響きだと思う。しかも魔王殺しを成し遂げたものは世界の危機に対抗して担ぎ出されるのだそうだ。そうなれば勇敢なシタンは一も二もなく喜び勇んで引き受けるだろう。私はただ、こうして平和を祈るばかりだった。

 

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