第15話 魔王⑤
熱い。熱い熱い熱い熱い!
魔王から齎された報復に、反射的に精霊神へのパスを切って【再生】を使いそうになる。まだだ。ラシュラン!
母なる神から悲哀と憐憫の感情が伝わってきた。私は体重を支える事が出来ずにぶっ倒れる。既に両手両足の感覚がなかった。いつの間にか目を覚ましていたミナトゥが必死に私を氷漬けにしようとしている。少しは命が延びるだろうか、これからやることが間に合えばいい。
魔王の肉体が崩れかけている。
一陣の風が吹いたのを、滲む視界に映るミナトゥの髪で察知した。偉大なるラシュランの牙が
安堵とともに祈る。
召喚師が操る精霊は、元はかつて精霊神が調伏し麾下に加えた魔物の変じた姿なのだという。魔王ラグドゥを貴女の眷属に加えて欲しいと。その際、あのような破壊の意思に満ちた理性無き存在としてではなく、元となった魂を主人格として。ぶっちゃけるとミナトゥとラグドゥにできるだけ都合のいい感じにしてくださいと。
私達の戦いが彼を救ってくれるよう。祈った。
暗転。
*****
オレが訪れた時、そこでは魔王と思しき虎型の魔物に神々しい
「加勢するぞ、雷弧のグリザリオン! ルストーヴェ、お前も来い!」
詠唱を終えていた【メラクの絆の呪文】が発動し、空間と空間をつなぐ門——これまでで一番大きなもの——を潜り、魔王に伍する体格を持つ雷竜が姿を現した。相棒に飛び乗り、破壊によって切り開かれたのであろう縦穴を一気に降下する。
グリザリオンはオレ以外が騎乗する事に不服そうであったが、やがて魔王の膝元に立つ人影を認めて目の色を変えた。彼女がシタンだろうか。紺碧の鱗に雷を纏いながら、劈くような咆哮を上げて追いすがる。
しかし、オレ達が辿り着く前に決着はついた。後方の
グリザリオンがまた吠えた。シタンという女の体が燃えている。理外呪文、魔王の置き土産か!
「間に合うかッ」
飛行する相棒の背からさらに疾駆して加速、空中に生成した氷塊を蹴ってさらに加速。有効半径!
「【魔導攪乱】!!」
既に放たれた呪文への干渉。複雑で位階の高い呪文であろうと、注意深く術理を見極めれば魔力をかき乱して霧散させることが可能だ。彼女の肉体を炭化させようとしていた火が消える。
銀髪を二色のブラウンに染め分けた小柄な少女が側で泣き続けているのを押しのけてさらに魔法を行使した。
「どけ。【氷の棺】……彼女を仮死状態にした。地上で適切な処置を施せば死にはしないだろう。担いで帰るぞ」
何とか助けられたな。
少女が涙と鼻水まみれの顔を上げる。汚いので水球を作り出して洗い流してやったが、特にリアクションもなく放心していた。
シタン・ネルサが意識を失うと同時、竜の姿も霧散していく。召喚師の精霊……だとすれば竜の正体はラシュランか。かの神以外の精霊はみな一様に翼を持たなかったはずだ。
「何だこれは——滅茶苦茶だな。限界を超えた量の魔力を流し続けて霊的な弁がぐずぐずに潰れている。サイレンフォイルの英雄サマだ。念入りに補正してやらないとな」
氷漬けのシタンを担ぎながら、魔力が正常に循環するように手を加えていく。
ルストーヴェが倒れた猫魔導を拾ってきた。グリザリオンは周囲の魔物たちの露払いをしてくれているようだ。放っておけばどいつも死んでいただろうし、オレ達が来た意味もまあ、在ったらしい。
「しかし、生まれたてとは言え3人で魔王を倒した、か。フッ……」
そして
「面白い女だ」
背後に降り立ったグリザリオンが同意するように喉を震わせた。次いで彼女を救った事への感謝だろう、巨大な頬を摺り寄せてくる。撫でてやると気持ちよさそうに目を細めたが、これだけ体のスケールが異なるとまともな感触があるのかは甚だ疑問だ。
しかし、こいつが血相を変えて救いたがるような人間の知り合いが居るとは。いずれはどういった関係か訊いてみるのも一興かもしれないな。
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