第12話 魔王②
その光景はあまりに美しく非現実的で、召喚者の私までもが、生きてまだこの世にいることを疑ったほどだった。
大気を打って、翼が翻る。ほの暗い洞窟の中に大きな羽根が舞った。地上の生命とすべての人類種の母、大地の神は古代の大戦の終わりに、自らを召喚する呪文を世界に刻み込んで眠りについた。常ならば地を這う蛇体。だが彼女はまた、天を駆ける翼を備えてもいる。この世で最も強大で、肉体的に完成された生命体。それは人の世においてこう呼ばれる。
ラシュランは生命の究極だ。故にその肉体は傷つくこと、破壊されることがない。洞窟に夥しい破壊を齎した魔王の大呪文から私たちを庇い、そして毅然と宙に佇んでいる。支えを失った足場が落下していくが、ミナトゥが水縛りで満身創痍の私達を絡め捕り、何とか神の背に括り付けていた。
呆けて眼前の光景を眺める私の口に、ノーシュが魔物たちの核をたらふく突っ込んでくる。完全に枯渇していた私の魔力が回復し、端から神に吸われていく。励起の呪文の反動と魔力核のデメリットで私の
精霊神の召喚。その能力は、眷属に齎される回復・強化の力を飛躍的に増大させる。今、その力は私とノーシュ、ミナトゥに適用されているはずだ。ダンジョン最深部の濃密な大気中魔力によって齎される自然回復と乱雑な核の補充を神の加護で跳ね上げて、ギリギリ消費との釣り合いが取れるかと言ったところだった。
「もっと……近づこう……。魔王、の……うぁっ……近くなら、魔力の回復も、大きい、筈」
母なるラシュランに語り掛ける。神々しい竜はこちらを責めるような目で一瞥したが、私の頼みの通りに巨大な虎の似姿へと向かって羽ばたいた。
「貴女は」
疲弊したノーシュが今まで取っておいた魔法薬で体力と魔力を回復させている。真っ当なリカバリー手段は貴重だ。真っ当な戦力に割り振るに限る。
「頭がおかしい」
おかしいの英雄気取りの言動だけだよ。
実際の私は手元の材料で可能な限り何とかしようとしているだけだ。ルストーヴェのような磨き上げた一芸も、ハインドのように呪文を多様な解釈でアレンジする天才性もないから、誰でも出来る方法で戦わざるを得ない。使用可能な魔法の難度をなんとしてでも引き上げて、何とかなりそうな術を、何とかして使う。
「この術の、存在を知った時……迷宮の最奥で戦うために作られたみたいな……魔法だなって……思ったんだ」
「
空を飛べる魔物が追いすがる。ノーシュが丁寧に呪文を唱え、派手な爆発がそれらを撃ち落とした。
「【励起】を使った直後で
竜の尾が振るわれ、地から湧いた魔王の眷属を蹴散らした。
炎の渦が右方の敵を、氷の矢が左方の敵を迎え撃つ。
「僕たちが戦います」
*****
「訊いてもいいか。そのシタンというのはどういう人物だ」
質問をしたのは、
召喚師。ギルドの登録は星6で止まっているが、無動作で精霊ヲザを呼び出す姿が目撃されている。このことから少なくとも達人位に至っている筈。率先して傷を負い、死に瀕しても不敵な笑みを崩さない。際立った容姿もあり、とにかく目立つ冒険者。傍らの暗殺者が言うにはそういうことらしかった。
『Ghuuuuu……』
心話で繋がっている相棒の唸りが聞こえる。
『動揺しているのか? グリザリオン』
情報が増えるにつけ雷弧のグリザリオンの様子がおかしくなっていく。シタンという女のフルネームが分かった段階が最も分かりやすかった。動揺というよりかは心配しているのだろうか。しかし、話を聞くにつけそれは。
「既に死んでいてもおかしくないな」
「言うな、俺もそう思ってた」
勇猛さは冒険者にとってあまり褒められた資質ではない。死ぬからだ。特にこのような非常事態においてそれは顕著になる。2人の会話を受け、グリザリオンが悲痛な哭き声を漏らした。
しかし1つ謎が解けたな。迷宮都市サイレンフォイル。オレに縁もゆかりもない地で魔王が誕生したなどという「託宣」を得られた理由が分からなかったが、この
「ならば救わねばなるまい。大事なお前の友をな」
魔法薬を飲み下し、地下へ、さらに地下へと駆けた。その道中で奇妙な光景を目にする。
住処を追われたと思しき虫たちが群れとなって、再び下層へと向かっていくのだ。内乱だろうか。だとしたら都合がいいが。
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