第10話 ミナトゥ・ニーニア
西部は平原に存在する
忠義深いノーシュ・ユユとともに【血脈探知】の魔法が指し示す方へ。兄を捜す旅はやがて国境を超え、私達は自治都市群の外れにある迷宮都市サイレンフォイルへと足を踏み入れました。
発見されて間もないダンジョン、その特需によってにわかに発展した街は日が落ちても活気があります。そこかしこに魔力燈の明かりが灯り、酒場の喧騒が聞こえてくるのです。探知の方角は地下を示し、兄が迷宮の中にいることを示しています。私たちが旅立った時、氷球がわずかに下方を指しているのは重力に引かれてのことかと思っていましたが、あるいは始めから彼は地下に居たのでしょう。
「お兄様、一体なぜ地下迷宮などに——」
「中層までの攻略推奨
「ノーシュ、私も同行します」
「しかし」
「貴方は強いけれど、兄を見つけられなければ本末転倒ですよ。それに、ノーシュなら私を守れるでしょう?」
ノーシュが渋るように頷き、そしてその瞬間、脳裏に死の光景が過ぎりました。『託宣』。
「何か——」
「お嬢様?」
「鋭い刃の暗示……いえ、もしかしたら牙でしょうか。これは避けられない未来? 私とノーシュの死の光景が見えました」
健気な従者が目に見えて不安な顔をしました。
「その幻視は、例えばお嬢様が今からカナントに帰れば払拭できるのですか?」
「分かりません。何が私達の命を奪うのか、具体的なものは見えませんでした」
だから引き返すのは無しですよ、と言外に含めて、その日は宿に泊まることにしました。
*****
「なるほど。それで人を雇いたいと」
あまり聞かれたくない話だと言うと、ギルドの個室を貸して貰えました。目の前には少年……と見まごう容姿の男性。
「運が良かったね。その手の話題で最初に声をかけるべきは、間違いなく僕だ。と言っても、僕がパーティに同行するのかはまだ分からないけど」
? よく分かりません。どういう意味なんでしょう。
ハインドさんはミステリアスに微笑みました。
「光の神ゼルム、地の神ラシュラン、火の神サアル、水の神メラク」
ノーシュのものよりはるかに小さい杖をタクトのように掲げ、空中に魔法文字を書いていきます。それは物の本に語られる神話をミニチュアでなぞる魔法のようでした。
まず、海と太陽が現れました。海に太陽の欠片が落ちると、そこには大地と火山が生まれます。太陽の名をゼルム、海の名をメラク、大地の名をラシュラン、火山の名をサアルといいました。
「それらと、僕が洗礼を受けた神は少し出自が異なる」
海、大地、火山に影が落ちると、それらは寄り集まって1つの大きな影へと姿を変えました。
「君達の魔法の影の側面を引き出すことができる。変転と未来を司るメラクの託宣を『停滞』させるといった」
そう呟くと、私の額に指を伸ばし——。
「お嬢様に何をする」
ノーシュ、無作法ですよ。首に杖を突きつけるのはおやめなさい。
「大丈夫です。続きを」
そう言うとハインドさんは微笑みながら呪文を唱え、私の額を突きました。
「運命とは——苛烈にして困難。君を訶み、君を縛り、君を苦しめる。解放を望みなさい。闇は誰にでも平等だ」
その瞬間、託宣の映像が恐怖とともに呼び起こされ、私は悲鳴をあげて後ずさりました。ノーシュに肩を支えられてなんとか立ち上がります。
「これは……一体」
「死の予見を定着させた。何らかの手段で運命を変えるまでそのままだ。しかしその反応は……僕が仲間に加わっても、状況を変えられる公算は低そうだね。そもそもお付きの猫魔導くんも見たところ相当な実力のようだが、一体君達に何が降りかかるのか——」
私はぶるりと身を震わせました。ノーシュがハインドさんをじろりと睨みつけます。達人2人をして避けられない死。兄は一体どんな危険な目に遭っているのでしょうか。
「なる……ほど、この状態で仲間を選んで、死の感触が消えた時に、目の前にいた方が」
「そういうことだね。さて、この魔法は君に多大なストレスがかかることを除けばかなり有用なもののはずだし、僕としても結構な隠し球だったりする。相談料は弾んでくれると嬉しいな」
道理ですが、釈然としません。
それから、ギルドや酒場で幾人かの冒険者に声をかけましたが、死は依然、ノーシュと私の傍にありました。ハインドさんと並んでサイレンフォイル最強だというルストーヴェさんと話した時は少し死の光景が違ったのですが、今考えるならそれは彼が私を狙う刺客だったからでしょう。
そして、カナントへと引き返そうかとノーシュに提案し了承を得ても死の運命が変わらないと知って、私はいよいよ憔悴していました。
そんな時です。シタンさんが現れたのは。
仲間を探し始めて数日が経って。私はギルドのテーブルで居眠りをする冒険者を見つけました。つばのある帽子を被っていて顔はよく見えませんが、体つきから女性であることがわかります。こんな所で寝るのは不用心だと思いましたが、それよりも驚きが勝っていました。彼女を視界に収めた瞬間、脳裏に停滞していた予見の光景が消えたのです。
「あぁ、あいつか? シタン・ネルサだよ。剣を佩いてるが召喚師だ。奴らは精霊に殴り合いをさせる関係上、肉体を強化する魔法に秀でててな、あいつくらい剣が使えると自分を強化して前衛を兼ねられるんだ」
知らない人が親切にも教えてくれます。ふむふむ。
シタンという名前はこれまでにも何度か聞いていました。若き6つ星の冒険者。でも、それだけでは無いはずです。召喚師は結局のところ物理打撃が主体で、飛び道具的な戦いは不得手なはず。それは即ち実力以上の結果を出すのが難しい、誤魔化しの効かない魔法職であるということを意味します。それなのに、託宣は彼女をパーティに加えよと言っている。残蝕のハインドでも、暗霞のルストーヴェでもなく。
だから、彼女が魔王の存在に言及したとき『そういうことか』と思ったのです。シタンさんはルストーヴェさんの襲撃を退けた上で、ここから引き返すだけの材料を提示することができる。どちらか片方だけでは駄目だった。だからノーシュも私も生き延びることができる。蓋を開けてみれば、順当な話。
「……引き返しましょう。地上へ——この異変を伝えなければ」
シタンさんは強い。
でもそのシタンさんを以ってして、兄を救うことは初めから叶わなかったのだ、と思い知りました。旅の目的が潰え、私の声は震えていたと思います。
だから、その時です。シタンさんが私のささやかな納得を打ち砕き、完全に私の理解を越えたのは。
「任せろ。君を兄貴のところまで送り届けてやる」
この人は私のために、魔王のいる階層を目指そうと言う。
死の運命をはねつけて、なおこの先を目指そうと。
占いなどもはや関係なく、これは暴挙であるはずで、ただ命を捨てる、愚かしい采配のはずで。
しかし力強く私の手を握る彼女には、不可能を可能にしてしまいそうな不思議な雰囲気がありました。私もノーシュも、彼女という人物が中心となる英雄譚を彩る一部であるような錯覚を覚えたのです。
*****
「何かが起きるのでしょう? あなたの手によって」
現在。サイレンフォイル地下迷宮、30層。
シタンさんは呆れたように、作戦を語り始めました。
「まず君達の覚えてる呪文について、いくつか確認があるんだけど——」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます