第2話 早くも暗雲です!

 ここはサイレンフォイル地下迷宮。私ことミナトゥは従者兼護衛のノーシュ、冒険者のシタンさんと共に階下へと歩を進め、上層探索中の別のパーティと鉢合わせしたところでした。


「珍しいじゃねーか、シタン。一匹狼のお前がパーティを組むなんてな」


「君んとこと違って気前がよかったもんでね。彼女の」


 知人だという爬人レプタの男性と話していたシタンさんは、そう言うとちらりとこちらを一瞥。少し癖のある前髪から覗く涼やかな目が素敵です。実用重視の装備に包まれたしなやかな体躯、隙の無い身のこなし。私の視線に気づいたのかウィンクを返してくれました。カッコいいなぁ。


「ほぉ、いい買い物をしたな嬢ちゃん。ここだけの話、シタンは予備動作なしで達人クラスの召喚をやってるのを何度か目撃されてる。実質的にはこの都市のトップの一人と見ていい。なぜギルドに認定を受けに行かないのかは分からんが……」


 去り際にそう耳打ちされました。やっぱり私の占いの通りみたいです。達人になってしまうと面倒なしがらみとかがあったりするんでしょうか。そういうものに囚われる方にも見えませんが……。


 彼らと別れて中層へ。探索は順調に進んでいます。パーティ全員が魔法職なので占術師の私が罠や魔物を探知する係、漏れた敵はシタンさんが迎撃しノーシュが仕留めるという役割分担が出来上がっていました。


「おっと、止まって」


 シタンさんの声で歩を止めると、目の前の通路には魔法で作られたと思しき土の壁、以前に訪れた冒険者が何かを封じ込めたのでしょうか。


「前は使えた道なんだけど、迂回することになるかな」


「一応、僕が壊すことも出来ますが」


 ノーシュが控えめに進言。シタンさんが難しい顔をしました。


「道を塞ぐってのは本来冒険者にとっちゃマナー違反なんだ。ほかの冒険者が困るし、よっぽど切羽詰まらなければやらない。壁を壊せたとして、向こうにどんな厄ネタがあるか分かったもんじゃないんだよね……ミナトゥ、頼める?」


「は、はい! ……メラクの子が物問います。旅蹊の神、風擦れるヤーナペルガ様。願わくばお答えください。この道の先、我らを待ち受けるは安息か、危地か――【卜易】」


 詠唱を終えた私の前に氷球が現れ、魔力で生成されたそれはひとりでに割れて地面に散らばりました。その破片の配置を注意深く読み解いていきます。えっと……


「進むも凶、退くも凶と出ました」


「マジ? まだ13層だよ?」


「手ごたえはあります。8割がたやばいです」


「まあ、進んでも迂回してもやばいなら進もうか」


「そうですね、兄が心配ですし。ノーシュ、お願いします」


「心得ました――【炎の矢】」


 ごう、と熱い風。ノーシュの頭上に灼熱の塊が現れると、それは鮮やかなオレンジの軌跡を残して土壁へと吸い込まれていきます。シタンさんの【茨の盾】を芯にした私の【氷の盾】で爆風を凌ぐと、煙が晴れた頃には奇麗な円形の大穴が開通しており、ひゅう、とシタンさんの口笛が聞こえました。


「惚れ惚れする手際だね…さて、警戒して。《ボラーリオ》」


 精霊の召喚。

 呟いたシタンさんの背後に、音もなくそれは現れます。四肢は筋肉のように絡み合って引き絞られた植物の根。四つ足に双頭の獣は道中でも度々活躍した召喚精霊ボラ―リオ。特別な癖がなく扱いやすいのだとか。

 壁に空いた穴の向こうでギシギシという音。次いで赤い目が光り、飛び出したのはそれぞれ体長が馬ほどもある蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛!


鋼蜘蛛メトラニエだ! 金属質の外殻がやっかいだけど火はそれなりに効く。糸は吐かない。足が速い。顎の力が強い。普段はこんな上層には現れないんだけど……」


 喋りながら関節の隙間を縫うように剣を振りぬいていくシタンさん。バランスを失った先頭の蜘蛛が体液をまき散らして倒れていきます。時折魔法で地面から茨を伸ばして周囲の蜘蛛の動きを器用に妨害。傍らでは精霊ボラーリオが暴れ回って蜘蛛たちの接敵を押しとどめていますが、牙の通りは芳しくなさそうです。私も【水縛り】の魔法でシタンさんをサポート。一匹一匹は特別強いわけではないですが、とにかく頑丈で数が多い!


「【炎の渦】!」


 ノーシュが群れの中ほどに次々と魔法を撃ちこみ、火炎が蜘蛛たちを焼いていきます。流石は破壊特化の攻術師、火力が段違いです! 鋼の外皮をものともしない熱量に蜘蛛たちが狂乱し始めました。後方の蜘蛛たちは散っていきましたが、前衛シタンさんとの衝突は激しくなります。


「いいぞノーシュ! どんどんやってくれ!」


 しかし彼女も流石のもの。時に死体を盾に、時に足を切り払って蜘蛛たちを押しとどめ、いつの間にか呼び出していたらしき大槌を持った豹頭の精霊が動きの止まった蜘蛛を絶命させていきます。

 平時のシタンさんは野性味のある美貌に実用一義の装備に身を包んだデキる冒険者といった印象が強いのですが、戦いの中心で巧みに剣を振る彼女の姿は傍らの荒々しい精霊との対比のようで、ある種の優雅さすら感じられました。

 ……いえ、見とれている場合ではありません。私も戦わなければ。



*****



 ほどなくして。

 蜘蛛たちは動かなくなりました。シタンさんが死骸を検分して何か――赤く光る石のようなものを抜き取っています。ギルドに買い取らせたら報酬は等分しようか。とこちらを見て笑いました。価値あるものなのでしょうか。

 しかし、鋼蜘蛛メトラニエがこの階層にいるべき敵ではないとはシタンさんの談ですが、彼女の巧技とノーシュの火力で案外危なげなく勝ってしまいましたし、さっきの占いは外れだったかもしれません。あれくらい『いけた!』という手ごたえがあっても2割くらいは外しちゃうんですよね。家庭教師の先生もそんなもんだと言っていたし、私がポンコツなわけではない……と思います。あるいは私の戦力だけを基準に危機を判定したのかも。私、一人だけ弱いですし……。


 そうして微妙に気が抜けた時分、シタンさんに手伝えることがないか聞いてやんわりと断られたとき、それは突然訪れました。

 死んだと思われていた――いえ、確かに死んだはずの蜘蛛の一体が跳ね起きて、長い脚が恐るべき速さで迫り――。


「お嬢様!」


 私は突然のことに身動きができず、ノーシュが即座に火球を生み出し。

 そして彼女だけがそれに気付いていました。死亡した蜘蛛が動くなら、それは第三者の屍霊術によるものだと。


「ミナトゥ、心話テレパスを!」


 勢いよく来た道を振り返ったシタンさんは、最後衛であるノーシュのさらに背後にとっさに茨のネットを設置。それらは次の瞬間あえなくばらばらに切断されていましたが、十分な役目を果たしました。

 【心話テレパス】は言語の通じぬ魔物と戦う上では必要のない魔法。意味するところは明白です。は既に潜んでいた。私たちに気配を悟らせることなく、いつの間にかこれほどまでに近くに!


「――全く、そこの猫は先に潰したかったんだが。面倒なやつだな、シタン・ネルサ。ええ? おい」


 黒髪黒目、無精髭に陰鬱な表情。不気味なほどに艶消しの施されたナイフを手にした蹄人フォーンの男性がそこに立っていました。

 敵。どう考えてもそうです。

 何故。人間が敵として現れるのか。


「まぁいい、悪いがそこの小娘。命は貰ってくぜ」




――――――――――――――――――――



[ミナトゥ]

占術師

レベル:☆☆☆☆

主な技能:【氷の矢】【水縛り】【卜易】【交信】

特徴的なメッシュを入れた銀髪の占術師。失踪した兄を追ってサイレンフォイルにやってきた。隣にいる猫が規格外なので戦闘中の仕事はひたすらに地味。

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