中身のない冒険者な私と、レガリア

アサガミ

サイレンフォイル地下迷宮

第1話 少女と猫魔導

「シタン・ネルサさん。貴女の冒険者としての腕を見込んで頼みがあります」


 鈴を転がすような声によって、私は浅い眠りから目覚め瞼を上げた。

 地下迷宮のほど近く、ここはサイレンフォイルの冒険者ギルド支部。食堂が併設された1階のテーブルで居眠りをしていたのだ。南側の席は日当たりが良く、暇な日はついこうして長居してしまう。

 帽子のつばを上げると、正面には深い星空を思わせる美しい瞳があった。年のころは15くらいだろうか、並人ヒームの少女のようだ。髪は銀のセミロングで、いくつかの房を2色のブラウンに染め分けているのが彼女の神秘的な容貌に不思議なアクセントを与えている。

 後方には従者と思しき猫人シャパルが一人控えていた。両名とも立ち姿やマントから覗く室内着が小奇麗で、荒くれ者がひしめく冒険者ギルドに出入りする人間には見えない。


「腕を見込んで、ね。この登録証が見えるでしょ。大したもんじゃないよ」


 首にかけた銀のタグを少し持ち上げて見せた。6つのレベルが刻印されたそれは、私が駆け出しでもないが達人という程でもない事を示している。サイレンフォイルのような新興の迷宮都市には達人認定されるような使い手がそもそも2人くらいしか居なかった気がするし、これくらいでも十分と判断されたのだろうが。


「とりあえず話を聞こうか。どういう依頼?」


「ありがとうございます、まずはこちらの素性を話しましょう。私はミナトゥ。猫王国カナントの占術師です。後ろの彼は攻術師のノーシュ。高い魔法の才能が二股の尾として発現した、いわゆる猫魔導ですね。私の護衛です」


 紹介を受けた猫人シャパル――主人のマントを壁に掛けたノーシュが猫又の尻尾をふりふりと揺らしてアピールする。猫人シャパルの年齢を推し量るのは難しいが、たぶんいい大人だろう。ただでさえ並人ヒームには猫人シャパルを愛玩動物のような目で見てしまいがちな悪癖があるのだからあまり愛くるしい仕草をしないでほしい。困る。


「自己紹介どうも。私はシタン、冒険者――召喚師だ。剣もそこそこ程度に使うよ」


「まあ! 召喚した精霊ともども前衛を任せられますね! 頼りになりそうです」


 表面上はクールなふうを装って応対するが、内心穏やかではない。黒を基調としたノーシュの毛並は美しく、鼻面や首元のコントラストが鮮やかだ。とりわけ手首を境にくっきりと色が分かたれているのが印象的で、まるで純白の手袋を身に着けているかのよう。かわいいなぁ……撫でまわしたら多分怒られるよね……。いやいや、こんなことに気を取られている場合じゃない。


「はるばる隣国からか。こんな辺境のダンジョンシティに何の目的で?」


「行方を晦ました、私の兄の捜索を手伝ってほしいのです。ダウジングはこうして――【血脈探知】」


 ミナトゥが手首に巻いた金鎖を解く。少女が呪文を唱えると、鎖の先端に氷球が現れ、何かに引き寄せられるように斜め下を指し示した。


「地下を。ノーシュと違って私の魔法力は大したものではないのですが、血の絆で結ばれた兄の居場所の探知、失敗という線は無いでしょう。確実にここにいます。しかし、1月ほど地上に上がってくる気配がない」


「言いづらいけど、それは――」


「既に死亡している、その可能性もあります。ダウジングが指しているのが生身の兄なのか、兄の霊魂なのかは分からない」


 ミナトゥはこちらを見ている。その視線にはこの探索に伴うかもしれない、痛みへの覚悟が感じられた。


「私とノーシュだけのパーティでは前衛が足りず、迷宮での遭遇戦は心許ない。それに、ダンジョンに潜った経験もありません。

 私たちとともにサイレンフォイル地下迷宮に潜って頂きたいのです。現状兄がどの階層にいるかは分かっていませんので、前金をお渡しした後、兄が見つかれば彼のいた階層の深さに応じた達成報酬をお渡しすることになります。これは兄が死亡しており、霊魂または遺体を発見した場合も同様です」


 提示された報酬は十分なものだった。予想通りいい家の娘なんだろう。前金で剣を新調してもいいかもしれない。


「……お二人の戦力は?」


「ノーシュは中央基準で言えばレベル7、【励起】の呪文を覚えていますので詠唱と魔法陣と合わせて難度10の大呪文に接続可能な――」


「達人、か。さすが猫魔導」


「お褒めに預かり光栄です」


 ノーシュが控えめに会釈する。が、耳がぴくりと嬉しげに動いたのを私は見逃さなかった。非常によくない。視線を強引に前方のミナトゥに固定する。


「私はたぶんレベル4ですね。【交信】があるのでシタンさんの召喚術のサポートができますよ!」


「それは頼りにさせてもらうけど、しかし……」


 シタン本人は召喚師。純粋な前衛というわけでもない。


「それだけ潤沢な予算があるなら、私なんかよりハインドやルストーヴェ……このギルドに出入りしてる達人レベル7を雇えると思うんだけど、どうして私なの?」


 難易度の低い依頼というわけでもない。迷宮の下層まで潜る可能性があるのだから。

 しかし、ミナトゥから返ってきたのは予想だにしない一言だった。


「御謙遜を、あなたは実力を隠しておいでです。私の占術がそう言っている」


「えー……」


 隠している実力とやらに心当たりはない。


 いや、あると言えばあるのだが、それは彼女の望んでいるような意味では決してないだろう。私は少なくとも戦力の上では完全に6つ星相当の冒険者だ。もっとも勘違いされている分にはまあ、得ではある。


 こうして私は猫王国の占術師たちと同行する運びとなった。

 サイレンフォイル地下迷宮は、まだ踏破されていない。

 ダンジョンとは大規模な魔物の巣だ。あまりにも強大な力を得た魔物が周囲を自らの生息域として都合のいいように作り変える。

 その最奥に踏み込んで核となる魔物を倒してしまうのは迷宮資源で発展しつつあるこの都市にとって都合が悪い。そういう背景も手伝って数少ない達人率いるパーティもわざわざ危険の大きい下層に積極的に潜ることはせず、中層で魔物を狩っているのが現状だ。

 事と次第によっては未踏のエリアまで足を伸ばすことになるかもしれない。達人の攻術師がいれば大抵の脅威には立ち向かえるだろう。


 冒険の香りがした。




――――――――――――――――――――


[シタン・ネルサ]

召喚師、剣士

レベル:☆☆☆☆☆☆

主な技能:【茨の矢】【再生】【剛力】【精霊召喚】【細剣術】

並人ヒームの女性。大人っぽく見られがちな風貌の19歳。本作の主人公。


レベル

その人物の魂の強度を表す。肉体や精神を鍛えるなどの方法で上昇することがあり、使用できる技の種類や威力に影響を与える。1~2でひよっこ、3~4でそこそこ、5~6でいっぱし、7以上は達人の領域。

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