2-16 羅刹
リコの体の完治から3日後、三機の輸送機が八洲本国から八洲軍基地へやってきた。
三機の輸送機のうち一機は現在運用中のセヴンスの修理用パーツが、もう二機には純八洲製新型セヴンスのパーツが分割して収められていた。
そしてその輸送機とともに、代理の司令も着任した。老齢の男性だった。名を
「司令官殿の仕事を奪うつもりはない。私としては半分バカンスのつもりだよ」
などとおどけていたが、隠しきれない老獪さがにじみ出ていた。
同時に、その男は八洲本国からの指令を伝えた。
新型セヴンスの完成と評価試験が終了次第、特級秘匿回収物A号とともに旧軌道エレベーターへ侵入、内部の最新情報とサンプルを回収せよ。
特級秘匿回収物A号。即ちリコを旧軌道エレベーターへの派遣。
旧軌道エレベーターへの接近は国連の承認がなければ行えない。それも最近はかなり渋り、国によって偏りが生じつつあるが八洲はその承認を取り付けていた。
一か月半後。10月21日。その日に第二十九次旧軌道エレベーター跡地突入作戦が開始される。
整備スタッフは大急ぎで新型セヴンスの建造作業へと移っていった。
ノルンと照は当然、リコをセヴンスに乗せることに反対した。だがDDLとベイカントの解明に躍起になっている八洲、もとい日本の決定が覆ることはなかった。当然、水流中将をはじめ八洲本国に対してもに対しDDLに関する情報は伏せている。ある種無駄な作戦であったが、秘密を守るためには受け容れざるを得なかった。
リコは素直に作戦を受け容れた。
「あの中にはまだ、閉じ込められた子たちがいる。助けに行かなきゃ」
以前天螺や司令、照を乗せた輸送機を攻撃したベイカント。リコ曰く彼らは人類を攻撃しなくなる前の時間に閉じ込められていた個体群だという。また、あの時間が歪んだ空間に閉じ込められた個体がまだ残っていると。それらはリコから働きかけることはできず、終わることも進むこともできずにいるのだと。
「それに、二人の役に立てるのならやるよ、私」
迷いのない目と声で言うリコを、二人は否定することができなかった。ただ、その役が事実を隠すための隠れ蓑であり、本来負う必要のない危険でということについてだけ、謝罪した。
二十日後。新型セヴンスが完成、お披露目となった。
基地の殆どのメンバーは勿論八洲の上層部、各国航空機企業の社員や抽選でやってきたミリタリーおたくに至るまで多くの人々が八洲軍基地の地上ブロックに集合していた。天候は晴天。地上の気温は35度だった。
ノルンと照、リコの三人はそこから離れた発着管制所から双眼鏡でその様子を観察していた。
「なんで私たちのなのにこんな遠くから見なきゃいけないの?」
不満げなリコ。
「安全と万一に備えての判断というやつですよ、リコ」
見逃すまいと望遠カメラを携え新型セヴンスを待つ照。照は開発最終段階でのオンラインシミュレーションで最終調整に関わっていたそうだが、その機体の姿を見るのは初めてだそうだ。
「外は暑いからここでよかった」
窓に寄りかかり水を飲みながら人だかりに辟易するノルン。
第四世代クレイドル『アダー』による複座型を採用したセヴンスであることはシステム調整の手伝いをリコとともにした際ノルンが聞いていたが、三人ともその姿を見たことはない。
派手な音楽が遠くから聞こえてくる。窓が小刻みに震えた。
地上階層の地下エレベーターの入口が左右に開き大口を開け、十数秒ののち、それは白日に姿を晒した。
白と赤を基調にした機体外装。獣を思わせる頭部には橙色のアイカメラが4ブロックに分かれ配置されている。背部大型噴射飛翔翼は双発式。しかしその翼は四対の流線形。バナナの房が一直線に並んでいるようだ、とノルンは思った。胸部コクピットブロックは通常の機体よりも全長に対する割合が大きく、複座型であると同時に搭載しているコンピューターの多さが推察できる。腕と脚は極端に細く、その影響か手足が大きく見える。武装を搭載することよりも空力性能と慣性による機動性を重視しているようだった。アナウンスによるとそのサイズはファイター型セヴンスの中では最大の全高32メートル、翼面最大展開時全幅27メートルだそうだ。
「――これ」
異形と呼ぶほかに言葉を思いつかないそれを見て、照が呟く。ノルンも、照が言わんとすることを察していた。
あの日対峙した獣を思い出す。現在隠されたドック最奥部で眠っているであろう死した獣。
初の純八洲製セヴンス『F/S-1 羅刹』。その姿は、かつてフェンリルと呼ばれたベイカントの姿を想起させるものだった。
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