2‐3 特殊技術研究部

「集まったな。それでは始める」


 この三年で皴の増えた司令が口を開く。午前九時丁度。特殊技術研究部の作戦室。


 眠い。今朝は非常に妙な夢を見た。リコと一緒に夕飯の買い出しに行く夢だった。基地内のコンビニで三人分の弁当を買って帰るだけの、何の変哲もないただの日常の夢。ただその質感が異様にリアルで、日付が今日と同じということまで覚えていた。このところそんな妙にリアルな夢ばかり見る。どうもてるや軍の中の知り合いもそうらしい。


 大きなあくびをかみ殺して、話に集中する。


 ここには司令が集めたベイカントと旧軌道エレベーターの研究スタッフが十二名並んでいる。三年前、銀の矢作戦オペレーションシルバーアローの後に司令が集め、八洲軍内で結成された非公式の研究チームだ。名前はつけられていない。


 私の隣にはてるがいる。リコは現在別室で身体検査を受けていた。


「昨日午後五時二十三分、アメリカのワシントン州郊外にベイカントが墜落した」


 ざわめく。戦闘以外でのベイカントの墜落など初めてのことだった。司令は眉間に皴を寄せたまま続ける。


「当然、向こうさんは情報統制諸々で隠そうとしている。それを少し探ってきてほしい」


「スパイってことですか」


 照が言う。彼女はあまりそういった搦め手を好まない。明らかに嫌そうな声色をしている。


「いや、周囲の詳細な状況を知りたい。何せ初めての事例だ。何かしらの情報や破片でも手に入れば万々歳、といったところだ」


「じゃあチームを派遣、ということですか」


「いや、うちは非公式の組織の上にベイカント関連はどこもピリついてる。目立つ行動は避けたい」


 ああ、私か、と思った。


「これにはノルンとリコにあたってもらう」


 ああ、私だよな、と思った。


 書類上軍人ではない上に履歴も身分も書き換えまくった幽霊みたいな人間には適役だ。


「一応私、向こうに命を狙われてるってことで日本に逃げてきたんすけど……」


「適役はお前しかいない、と言ったら」


「まあ、やりますけど……リコに関しては?」


 答えは大体分かっていた。けれど一応、言葉として聞いておきたかった。


「ベイカントの痕跡に近づけば何か彼女のことも分かるやもしれん、と言うところだ」


 殆どが仮定で進んでいく。スタッフは優秀過ぎるほどに優秀で全員が八洲と日本のトップクラスの技術を持っている。けれどそれでも、ベイカントという謎に対しては手探りで立ち向かうしかないというのが現状だった。


「あとボディーガードとかはつけてくださいよ。私柔道とカラテの成績最悪だったんで。リコを連れて守れる自信ないっす」


「じゃあ、私が行きます」


 てるが手を挙げた。


「却下だ。目立ちすぎる」


 当然だ。いくら人種交配が進み人種や国籍の壁が人々の心から取り払われつつある現代においても、矢張りあの国に純日本人は目立ちすぎる。その上眼帯をした小柄で筋肉質の女。実力は確かだが個性の塊だった。本人はものすごい顔をしている。


「まあ、お土産、買ってくるからさ」


「写真」


「はぇ」


「写真、いっぱい撮ってきてください。リコの」


 苦笑する。これは何枚か写真を残しておかなければ私たちがいない間に何をしでかすかわからない。……といっても、実際にリコを連れていくかは未決定だ。


 正直、リコを連れていくのは反対だった。国家機密どころではない、ベイカントや軌道エレベーターの鍵を握る存在ともいえる彼女を外に、言ってしまえば敵地に出すことと、年端も行かない少女にそんな役割を背負わせること。その両側面から言って、このオーダーは承服しかねた。


 だが、それと同時にこの閉塞した状況を打破できるかもしれないということが、私を完全な反対派でいられなくしている。


「明朝五時に海中トンネルで八洲へ向かい、そこから日本へ移動。飛行機で現地に向かってもらう。それまでにリコの意思確認を取れ。もし嫌がれば今回はそれで構わない」


 解散、の掛け声で各々それぞれの持ち場に戻る。午前九時二十五分。リコの検査はまだ終わらないだろう。私はドックへと足を向けた。




 八洲軍特殊技術研究部ドック。現在はいくつかのセヴンスと第四世代戦闘機が納められていた。その端に、私がかつて乗っていたGleipnir≪グレイプニール≫がある。それは今明け方の空のような薄い青に塗装され、てるの機体として運用されている。その隣、隠されるように存在する扉を開く。三重のロックの向こう、現れたエレベーターを降りた先にそれはあった。


 非常灯だけが照らす空間の中央、白銀の装甲。それにはいくつもの傷が刻み込まれ、一部は融解して歪な形に変化していた。頭部のバイザーは砕け内部のカメラが露出している。コクピットにあたるところには装甲がなく、辛うじて原型をとどめた座席部分が存在している。


 F/SX-02 天螺あまつみ弐型にがた。かつて先輩が乗り空を翔け、一部でシルバー・アローと呼ばれている機体だった。


 三年前自由に空を飛んだその機体は今、全身にコードと拘束用のアームを取り付けられ眠っている。その状況は常にモニタリングされ、記録されている。


 幾度か起動試験を行ったものの、こちらの呼びかけにこの機体は一切応じない。唯一現存する第一世代クレイドルシステムのオリジナル。それの調査も私の仕事のひとつだった。というより、私が志願して得た仕事だった。


 手を伸ばす。足場と機体は離れていて、届かない。


「ノルン大尉」


 背後からの眠そうな声に反応する。クレイドルの開発と研究を専門にしているスタッフの小糸こいと 有須あるすだった。小柄な体躯を時代遅れの白衣で包み、ぼさぼさの長い黒髪を揺らしている。彼女は現在メインの研究開発の傍らこの機体の研究員としてチームに所属している。


 その背後には同じく白衣を着た少し大柄のもう一人の女性、周詞すのり すず有須あるすの背に隠れてあまりこちらを見ようとしない。最初は嫌われているのかと思ったが手を振ってやると返してくれたので、きっと人見知りの類なのだろうということにしている。彼女はDDLの研究員だ。いつも有須あるすと一緒にいる、というか家も戸籍も一緒にしているのでどちらかに会いに行けばもう片方にも会える。ちなみに二人とも階級は大尉だそうだ。


「今はもう大尉じゃないっすよ」


 彼女たちとは三年前、私が天螺と接続してリザさんに会ったすぐ後、私がクレイドルシステムについて調べ始めてからの付き合いだ。なんだかんだでよくしてもらっている。


「失礼、ノルンちゃん。ここじゃ士官しかいないから中々慣れないや。医務室からお姫様を引き取りに来い、ってさ」


「わかりました。」


 歳は知らないが、多分私より少し上。相当な変わり者と言われているが結構親身になってくれる、いわゆるいい人たちだ。


「何か、分かりましたか」


「ノルンちゃんがこの機体のパイロットのことが大好きってことくらいかな」


 お手上げ、という表情をしていた。三年間進展なし。全くもうプライド傷付くよね、と彼女は言って何かを放り投げた。キャッチする。


「これ持っていきな。ただの通信端末っぽいけど、通信端末は持ち歩いてなんぼでしょ」


 黒く、四角い金属の端末。天螺あまつみが持ち帰ったものの一つだった。一度も起動しないこれについて分かったことは、リザを外へ連れ出すための通信端末であることと、天螺の装甲素材から作られたものであるということのみ。まあこの辺りはこれを作り、先輩に渡した司令とスタッフに訊いたらすぐにわかった。問題は内部システムがブラックボックス化しているということだ。恐らくあの作戦の中で変質したと考えられている。


「折角の里帰りなんだから、楽しんできなさいな」


 ポケットにしまう。今度こそ手を振ってお礼を言って、外に出る。


 向かう先はリコのいる場所。きっと検査を終えて私を待っているだろう。毎度のこととはいえ気が重くなる。深呼吸して、一歩踏み出す。


 覚悟など、今は必要ない。

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