1‐6 紺碧

 一面のダークブルー。高度2万メートルの空に、ノルンはいた。


 ノルン・ルーヴの乗機、Gleipnir《グレイプニール》は大出力レーダーを用い戦域全体の環境や機体情報全てを収集、統合処理を行い各機コンピュータにリアルタイムでフィードバックを行う。ノルンの頭は情報が荒れ狂う海のように飛び交っていた。


 ノルンは通常の人間よりも脳、特に情報処理領域の拡張に対する適正が高く、複数の意識を同時に活動させることができる。ノルン曰く『自分を外側から見ている別の自分がいる』感覚。肉体の枷から解放されるクレイドルシステム下において、その特性はそのまま一人で複数人分の処理を行えることを意味する。


 8基のコンピュータと接続し脳領域が常人の限界を超えて拡張されても自我を保ち、それぞれの意識がそれぞれ別の仕事をこなす。それが彼女が特殊技術研究部の専属パイロットの一人たる所以だった。


 Gleipnirの周囲には小型のUAV、フェアリィが3機随伴、主機を護衛している。形状はかつて最強を誇ったF-35ライトニングを小型化し、武装懸架用アームを生やしたようなものだった。塗装は白。近距離戦闘をほぼ想定していないGleipnirにとって、ベイカントに接近された際の唯一の防衛手段だ。基本的には自律制御による迎撃モードで運用されるが、有事の際は主機であるGleipnirと接続、ノルンの意識によって制御される。


 情報収集とフィードバック。天螺が到達するまでは基本的にこの仕事だ。つまらない、とノルンは思う。高性能コンピュータと接続し加速された思考の中では、一分一秒が永劫のように感じられた。長距離狙撃砲を装備しているとはいえ、基本的に手出しはできない。主任務は天螺あまつみの監視だ。監視と言っても、機体の情報処理や戦闘データを収集するだけ。やることは変わらない。だが天螺には未宙がいた。唯一の親友にして親友。彼女を空で待つ時間、ノルンは少しざわつくような妙な感覚を覚える。決して嫌ではない、心地のいい緊張感とでも言うべきだろうか。


 けれど彼女を想う時間は、同時にノルンを傷つけてもいた。

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