君がため 5

 一瞬、彼女が顔を上げた。真っ直ぐに俺の目を見返して、泣き笑いのような表情を浮かべる。


「ううん、いいの。私、一度だけ君と話がしてみたかったのよ。だって君とても、お友達と楽しそうに話してるから」


 そう言って再び俯くと、「ありがとう」と何故か俺に礼を言って、駆け出して行ってしまった。その背中を少し見送って、彼女とは反対側に足を踏み出す。


 無意識に、足早になるのが判った。


 なんだか、厭な気分だ。


 ――居た堪れない、そんな感じだった。


「弘人」


 角を曲がるまで待ちきれなくて、弘人に声をかける。不満げに姿を現した弘人に「何やってんだ、お前」と、呆れたように声をかけた。


「別に」


 俺から顔を逸らす弘人に「あっそ」と応えて階段へ向かう。


 とにかく、外の空気が吸いたかった。息苦しい気がして、頬が熱を持ってる気がして、風にあたりたくなった。


「なぁー。なんでお前さぁ、コクられる時っていっつも無表情なんだ? ――あれじゃあ、相手もしゃべり辛いだろうに」

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