雨
学校からの帰宅途中に、大雨に降られてしまった。雨の予報など無かったので、傘は持ってきていない。堪らず、近くの屋根があるバス停へと避難する。そこには先客がいた。
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同じクラスの女子、中田だった。
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そう言って彼女ははにかんだ。
彼女との接点は余り多くなく、特別仲が良い訳でも無い。だが、個人的に気になってはいた。クラスの座席が出席番号順なので、いつも彼女の真後ろに座る事になる。そのため、自然と彼女の姿が目に入る事が多いのだ。たったそれだけの事ではあるが、それだけで思春期の男は半分恋に落ちる。思春期の男子なんて大抵チョロい。真っ盛りの俺が言うんだから間違い無い。
そういう訳で彼女の事は中途半端に意識してしまっていた。そうなると不味い。何が不味いかと言うと、班行動や日直の仕事が被ったりすると、変に緊張して上手く喋れなくなるのだ。だからそういう時はいつも、黙って色々とやってしまう。彼女には無愛想な奴と思われているに違いない。
折角彼女と話す機会が巡って来たので、何とかしてそのイメージを払拭させたいが、どうにも緊張してしまって口も頭も回らない。結果的に黙ってしまう。気まずい沈黙が辺りを支配する。
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中田が口を開いた。
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ただ中田にアピールしたいだけだから、とか言えたりしたら良いんだけどなあーー!
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そんな所まで見てくれていたという喜びと気恥ずかしさで、感謝の言葉しか口に出来なかった。自分がやって来たことが彼女に評価されている事が、堪らなく嬉しかった。また沈黙が辺りを包む。今度の沈黙は、先程よりも幾分か心地が良かった。
雨が一層強くなる。
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そう言って俺は走り出した。
●
西くんは出席番号が隣同士の男の子。最初はその程度の認識だった。
初めて2人が日直の当番になった日、ふと気づいたら日直の仕事が全部無くなっていた。私がうっかりしていたせいもあるが、西くんが黙って1人でやってしまったのだ。仕事を押し付けてしまった申し訳無さから、放課後に謝ろうと声を掛けた。すると、彼は一言、
「いいよ気にしなくて。気づいたからやっただけだから」
と言っただけだった。何となく、周りに気を遣い過ぎるタイプの人なのかな、と感じた。
それから西くんの事を少し意識して見るようになった。意識して見ると、彼が周囲に非常に気を遣っている事が明らかだった。
教室のゴミ箱がいっぱいになりそうになると、中のゴミを捨てて新しいビニールを入れる。黒板消しクリーナーの調子が悪そうだと感じると、すぐに中の掃除をする。日直が配り忘れたプリントを、こっそりと配る、等など、例を挙げると切がない程に細かいところにまで気を配っていた。よくそんな所まで目が届くな、と他人事のように感心していた。
しかしある日、ふとそれが他人事ではない事に気が付いた。西くんは私の真後ろの席なのだ。という事はつまり、教室の些細な変化まで気付く事ができるその目が、常に私の後ろ姿を見ていると言う事になる。いや、別に意識して見てないかもしれないが、目には入るだろう。それだけで、「意外と枝毛多いな」とか「背筋曲がってるな」とか「うなじ、産毛すごいな」とか、私が気付いていないような所まで気付いてしまうのだろう。
そう思うと、彼の目の前に座っていることが途端に恥ずかしくなった。西くんの視線が非常に気になって仕方が無かった。その日から、身だしなみや姿勢には人一倍気を使うようになった。
最初は、「西くんに変に思われたく無い」と思っていたのが、次第に「西くんに良く思われたい」になり、気付けば「西くんに好かれたい」になっていた。どうして、いつからこうなったのかは分からないが、気付いたらそうなっていたのだから仕方が無い。
だから、雨宿りをしていた時に、同じ場所に西くんが来た時は絶好のチャンスだと思ったが、結局、余り話すことが出来ないまま、彼は外へ出てしまった。もう少し彼と話す事が出来たら良かったのに。
雨足は弱まる事なく、思わずついた溜息を掻き消す。そこに、彼が戻ってきた。息を切らし、傘を差していたが、制服は大分濡れてしまっていた。
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そう言って彼が取り出したタオルは、体を拭くにはどう考えても小さかった。そんな心配を他所に、彼は言葉を続ける。
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雨は、まだ止みそうにない。彼と話す時間はもう少し有りそうだ。
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