独白

また、夢を見ている。

 白い花畑、白い霧、白い空。黒々とした川は空を映して鈍く光っていた。

 あの川の向こうには、別の世界がある。俺はそう知っている。知っている?いや、思い込んでいるだけかもしれない。自分の意識っていうのは酷く不確かだ。

 まあ、そんなことは重要じゃない。向こうの世界ではきっと、俺も普通に、幸せに暮らせるってことがわかっているのが、重要なだけで。

 川向こうへ行くためには、鎖が邪魔だということもまた、わかっている。

 鎖、そう鎖だ。

 薄青色の、もうだいぶひび割れてしまった、儚げな鎖。

 俺の白い体を溶かしてしまいそうな夢の中、首から腕にかけて緩やかに巻かれた空色の鎖だけが俺の存在を証明していた。

 この鎖は、きっとあいつだ。花が好きなあいつ。俺のことをよく見舞いに来るお人好し。黒くて長い髪に、ちょうどこの鎖と似た色のヘアピンを留めた、表情豊かな、あいつ。

 雨音、という名前がよく似合う、俺の好きな人。

 多分この鎖はもう直ぐ切れて、そうしたら俺と雨音は縁を切るわけで、そうしたらきっと俺は、あの川の向こうに行けるわけで。

 だけどそんなことになったら、雨音はまた泣くんだろう。

 いつも俺の身に何かあると、馬鹿馬鹿、って馬鹿の一つ覚えみたいに言いながら、悲しいんだか怒ってるんだかわからないような声で、うずくまったまま泣いていた。

 それは昔からずっと、変わることはない。

 うずくまったあいつに手を差し伸べることだけは、俺にはできないけれど。

 真っ白なこの体じゃ、優しいあいつの涙を拭うことすらできやしない。

 俺は、怖い。

 死ぬのが怖いわけじゃない、会えなくなるのも別に怖くはない。

 あいつに忘れられるのが、俺が死んでも誰も泣かないのが、怖い。

 どうせなら、どうせ死ぬのなら、雨音が泣いてくれるといい。

 俺のせいで、俺のために。

 だからいっそのこと、もう二度と忘れられないほどお互いにお互いを深く刻み込んで。

 一度きりの暖かさを分け合うのも、きっと悪くない。最後くらい、我が儘を言ったっていいだろう。俺は、もう十分不幸になったはずだ。

 あいつは、雨音はきっと俺のために泣いてくれる。

 それでもう、何も怖がらなくていい。

 ひび割れた鎖を、静かに撫でた。

 もし叶うなら、泣かせるんじゃなくて、笑わせてやりたかったと思いながら。

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