3-2 望まぬ凱旋
ハイアット市。
リロス共和国における巨大都市群のどれにも属さない、西南以外の方角を大小の山に囲まれたその土地は、かつては半ば独立した一つの集落であり、そして今は外界から孤立した一つの巨大な軍事施設と化していた。
「うわぁ、資料では見てたけど、本当に丸々全部軍の土地なんだ」
まずは第一段階、ハイアット市と外部を区切る境界線上に設けられた検閲を抜けた先、その内部の様子にクロナが驚きの声を上げる。
市としては小規模とは言え、それでも一つの街を丸々専有しておきながら、その内部は高密度に建造物がひしめき合い、土地が余るどころか一見して手狭にすら思える。戦時中でもない現状、新たに作られた軍事施設にしてはその規模は大きすぎた。
そもそも、ハイアット市の軍事都市化の事実は一般には公表されていない。隠蔽されているかどうかは定かではないが、元より外との繋がりの薄い街、あえて広めようとしなければ自然とその事実を知る者はごく限られてくる。
「私も足を運ぶのは初めてだが……これは、想像以上だな」
現役の軍属であるリースですら、実際に目にしたハイアット軍事都市の実情には驚きを隠せずにいた。
「だけど、やる事は変わらない。僕達はとにかく迅速に人造魔剣へと辿り着くだけだ」
最も落ち着いた様子なのはナナロで、短い言葉で行動指針を再確認する。
第一関門、ハイアット市への入場検閲はリースの立場と俺達三人分の偽造身分証、そしてナナロとクロナに関してはほんの少しの変装で押し通る事ができた。ただ、それはあくまで一般の軍事施設としての警備体制を潜り抜けたに過ぎない。普通なら軍事施設が同じ軍の人間の入場を拒むわけはないが、そこで軍内部の過激派による独断での人造魔剣の研究が行われているとなれば話は別だ。
表向きは入場許可を出すしかなくとも、ハイアット軍事施設内部の過激派が距離の離れたラトア市から足を運んできたリース・コルテット上等兵とその一行の存在を不自然に思う可能性は決して低くない。
つまり、俺達は時間が経てば経つほど疑いを掛けられ、敵視される立場だ。いずれ訪れる完全に敵視され排除される時の前に、更に言えば少しでも疑われていない動きやすい間に人造魔剣の情報を集め、その元まで辿り着く必要がある。
「まずは手筈通りに行こう。リース上等とシモン君は第一研究所に向かって研究員からの情報収集、僕とクロナは施設内のめぼしい場所の散策だ」
ナナロが念のため再確認こそしてはいるが、この場所に着く前に打ち合わせは十分にして来た。顔の知られているホールギス兄妹はできる限り人との接触を避け、施設内部図からあらかじめ当たりを付けておいた秘密裏に人造魔剣の研究が行われている可能性の高い場所を探索する。正式な軍属であるリースと、顔が割れておらず新兵として振る舞っても疑われにくい俺は、建前としての軍事施設の視察を済ませると同時にそこで情報を集める。
「……じゃあね、シモン。死なないように」
普段より二段ほど落ち着いた声で、クロナは俺の目を見て一時の別れを告げる。
実のところ、クロナはこの二手に別れる計画に反対していた。どうやら戦力が分散される事――特に俺とリースの側が戦力的に劣っている事を懸念していたらしい。
実際、俺も事前にリースの剣の力を確認したが、俺とリースの組み合わせはクロナとナナロに比べて戦力では明らかに劣る。もっとも、取るべき行動からすればベストな組み合わせには違いなく、クロナも最終的にはそれに納得する事になっていたが。
「お前こそ、おとなしくお兄ちゃんの言う事を聞くんだぞ」
「それは、私に死ねって言ってるのかな?」
「うん」
「うん、じゃなくって!」
会話の流れにつられてか、クロナの声の調子が普段のそれに戻る。真面目なのはもちろん結構だが、重苦しいのはクロナらしくない。このくらいの方が落ち着くというものだ。
「じゃあ、また後でな。三時間後に会おう」
「……そう、だね。じゃあ、お別れのキスは?」
「別にしてもいいけど、それ死ぬやつだろ」
「あー、たしかに」
情報交換はすでに済ませている。俺とクロナの下らない会話の後に必要な言葉もなく、俺達は自然と二手に分かれて動き出した。
「君は、随分と落ち着いているな」
第一研究所へと進む最中、リースが俺へ投げかけたのはそんな言葉だった。
「そうですか? まだ何も起きてないし、こんなものだと思いますけど」
「そうかもしれないな。ただ、君は自然体でありながら所作にもまったく隙がない。あの兄妹が信頼する理由が、少しわかった気がする」
「信頼、されてるんですかね……」
的外れな推測に苦笑いを返しながらも、その前のリースの言葉には思うところがあった。
なるほど、今の俺はたしかに落ち着いている。軍属でもなく荒事の経験も乏しい、一介の『なんでも切る屋』にしては上々な精神状態と言えるだろう。
なにせ、ここはすでに敵地。そして、他でもないクーリアに手の届く一歩手前であり、かつての俺とクーリアの故郷でもあるのだから。
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